epilogue 3 再会

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「拓海……大丈夫?」 電話に出た雅尚は、開口一番そう訊ねた。 『うん……ありがとう。今日はほんとに、ナオがいてくれて良かった。でも……巻き込んでごめんね。それに、せっかく時間作ってくれたのに……』 いつもの溌剌とした声とはまるで違う、掠れた、弱々しい声が返ってきた。あの毅然とした態度をとるために、どれだけ拓海が気を張っていたのかが伝わってくるようだった。 「それは気にしないで。また今度……また今度皆で集まろ?」 『うん……。もし良かったら、今度はウチに来て。ユキも、喜ぶと思うから』 「分かった。楽しみにしてる。じゃあまたね。今日はゆっくり休んで」 『うん、ありがとう。またね』 そうして電話を切ろうとした瞬間、「待って」という声が聞こえた。そして拓海に代わって冬樹が電話口に出た。 『ナオ、今日はありがとう。事情も分からない中、一緒にいてくれてありがとう。ナオがいてくれたおかげで、何とか話が出来た。本当に助かった。ありがとう』 何度も何度もありがとうを繰り返すその口調からは、切実なものを感じた。 雅尚は首を横に振った。 「そんな……。俺は何もしてないよ」 『いや。本当に、ナオがいなかったら話し合いどころじゃなかった。何度あの男を殴り倒そうと思ったか分からない。ナオのおかげで、どうにか自分を保つことが出来た』 「そっか……。じゃあ、また俺が必要な時はいつでも呼んでよ!どこにでも飛んでくからさ!」 そうワザと明るくそう答えた雅尚に、冬樹が安心したようにホッと息をついたのが、電話越しに伝わってきた。 『ありがとう、ナオ。今度会ったらお礼させてほしい』 「大げさだよ。気にしないで。ランもゆっくり休んでね」 『本当にありがとう』 またね、と笑って雅尚は電話を切った。 何も出来なかったと思っていたけれど、あの場に自分がいることに意味があったと言ってもらえて、雅尚は少しホッとした。 ただ、意図せず拓海の秘密を知ってしまったことに後悔が無いと言えば嘘になる。本人が打ち明けない限り、知ってはいけない秘密だった。 それでも二人があえてあの場に雅尚を同席させてくれたらしいと知って、彼らからの信頼を素直に嬉しく感じた。 (でも、アイツから聞き出した事は“聞かなかった”ことにしなきゃ) 「……帰ろ」 小さく一つ息を吐いて、雅尚は歩き出した。 その時遠くから、微かに間延びした声が聞こえた。 「まさなおぉ~」 「……え?」 雅尚ははギクリと立ち止まった。 「雅尚ぉ~」 もう一度、今度はもう少しハッキリと声が聞こえた。 (嘘……ウソうそ嘘…………ウソだ!!!) 雅尚は声のした方と反対側に慌てて歩き出した。 またきっと幻覚に違いない。こんなタイミングで都合良く現れるなんて信じられない。今はちょっと心が弱っているだけだ。そうに違いない。 何度もそう言い聞かせながら、雅尚は足早に歩き続けた。 「雅尚、待って……」 息も絶え絶えの声が間近に聞こえて、グイッと腕を掴まれた。 「……は~。やっと追い付いた~」 「…………」 雅尚は振り返って顔を確認することが出来なかった。 「相変わらず足が早いねぇ」 幻覚かと思ったが、まだ声が続いている。雅尚は信じられない気持ちでゆっくりと振り返り、男を見上げた。雅尚と目が合うと、彼は乱れる息を整えながら、フワリと笑った。 その気の抜けたような笑顔が昔とちっとも変わっていなくて、雅尚は泣きそうになった。 当然、記憶より歳は取っているが、間違いない。 それは雅尚が一番会いたくて、けれど一番会いたくなかった人物だった。 「けん……ご?」 雅尚が名前を呼ぶと、彼は嬉しそうに頷いた。 「良かった~覚えててくれて。この前も見掛けて呼んだんだけど、気付かれなかったから、もう忘れられちゃったかと思った」 あの時も追い掛けたんだけど見失っちゃってさぁ、とションボリとしながら賢悟は言った。 「あ、そうだ。僕の連絡先渡しておくね」 もしいつか雅尚に会えたら渡そうと思っていつも持ち歩いていたのだ、と賢悟は軽い雑談でもするように言った。 「う……嘘だ」 雅尚は真っ青になってそう呟いた。そんな雅尚を懐かしそうに賢悟は眺めていた。 「会えなくなってから、ずっと探してた」 昔と変わらぬ温かな眼差しを向けられて、思わず雅尚は視線を逸らした。 「会えて嬉しい」 「…………っ」 雅尚は返す言葉が見付からずに唇を噛んだ。 そして次の瞬間、クルリと踵を返して猛然と走り出した。 「えぇ~?!僕、もう走れないよ……」 運動が不得意だった彼の泣きそうな声が背中に響いた。けれど雅尚はその脚を止めることが出来なかった。 「雅尚~!せめて連絡先教えてよ~……」 だんだんと遠ざかっていく声が雅尚の耳に届いた。 「連絡、待ってるから~」 (えっ?!えぇ??!!) 嬉しさと苦しさで胸がはちきれそうになりながら、雅尚は駅までの道を止まらずに駆け抜けたのだった。 その手には渡された連絡先が強く握り締められていた。 end
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