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「結局濡れて帰ったんだから、私が行った意味なかったよ」
三人で囲む夕食の最中、母に愚痴をこぼす。
「いいじゃないの。どうせ暇だったんだから」
なんという言い草だろうか、血は繋がっていようが少しは気を遣えと思ってしまう。
「そうだ、あの傘もう捨てなよ。ボロボロでしょ?」
母に反論しても無駄だと、兄に話を振る。
「いいんだ。まだ使える。ごちそうさま。母さん美味しかったよ」
兄はそう言って席を立った。母さん、と敢えて口にするのも、美味しかった、と毎回伝えるのも、兄なりの気遣いなのだ。
「なんであんなダサい傘そんなに気に入ってるのかな?」
母と二人きりになり、冗談まじりにそう言うと、母の表情が変わった。
「あのね……」
機嫌が悪い時の母の話し方だ。いくらなんでも傘をダサいと言っただけで地雷を踏むとは思わなかった。
「和葉覚えてないの?」
「何を?」
母がわざとらしく溜息を一つ吐いてから私の目を見据える。
「あなたが小さい頃、お兄ちゃんの忘れ物を駅まで持っていってあげたことがあるのよ。今日ほどではないけど、その日も少し雨が降ってたわ……」
母は思い出すように訥々と話し出した。
「お兄ちゃんはずっと駅で待ってたんだけど、なかなか来ないから探したんだって。そしたら、駅の端っこの方で、あなたが泣いていたの」
「なんで?」
「駅前にいる人がみんな傘を差してて、誰がお兄ちゃんかわからなかったんだって……」
思い出した。あの夢はあの時の私だ。
「その夜ね、お兄ちゃん帰ってきて、自分のせいで和葉を泣かしちゃったって、ごめんなさいって私に何度も謝るの……」
母はその時の事を思い出しているのだろう、目尻の辺りがぼんやりと光ったように見えた。
「……傘を差していても、和葉が絶対に僕を見つけられるように、ってあの派手な傘を買ったのよ」
知らなかった。あの傘にそんな意味があったなんて。
あのダサい傘は私のためだったのか……。
それを私は……。
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