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 授業が終わり、A棟から出ようとすると外は雨だった。 「ついてないな…」  俺は、降りだした空を見上げて呟いた。 「うそ…。傘持ってきてないのに」  いつの間にか横に立っていた同じゼミの女の子も同じように空を見上げ嘆いていた。そんな女の子の隣で俺はカバンを漁る。 「航太、もしかして折り畳み持ってるの?それなら、購買まで入れてってよ」 「あっ、ごめん。俺、これだから」  航太の手のものを見て、彼女が固まるのが分かった。 「あっ…、レインコート」 「そう。じゃあ、お先」 「あっ、うん。またね」  俺は、レインコートを着ると雨の中を歩き出した。  雨の日にレインコートだけで、町を歩くのはおかしくない筈だ。  それでも、やはりたくさんの傘の中をレインコートの男が歩くのは奇異に映るのだろうか。ましてや、レインコートの帽子まで被って、一人歩いている俺は、やはり不審者に見えるのかもしれない。  どことなく傘の海の道が開けていく様子に俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。  俺は、雨が苦手というより雨の音が嫌いだった。その中でも、傘に雨が当たるあの雨音が嫌いだった。  だから、俺は雨の日でも傘を差さない。多少の雨なら走って移動するし、雨足が強ければこうやってしぶしぶレインコートを着て移動する。  傘を使わなくなったのは、いつからなのか正直覚えていない。  それでも、小学校の頃は、確か傘を差して学校に行っていたような気がする。雨の日には、長靴を履いて、傘を差し、わざと水溜まりに飛び込む。そんなどこでもいる普通の小学生だった気がする。 (確か、その時いつも一緒に帰っていたのは…)  一生懸命に考えるが、やっぱりなかなか思い出せない。あれは、転校前の学校の事だったのだろうか。  俺は、小学生の頃、突然転校が決まり怒濤のように引っ越しをした。新しい学校の事は覚えているのだが、前の学校の事は記憶があいまいというか、ほとんど忘れてしまっていた。 (まあ、もう10年以上前だしな)  とにかく雨の季節は、今の俺には憂鬱な季節だった。だから、雨音を遮断するように家につけば、俺は必ずイヤホンをつけ音楽を聞く。  それは、眠りに落ちるまでずっとだ。  それなのに…。 「嘘だろ…」  突然、ワイヤレスイヤホンが壊れ、音が聞こえなくなった。  携帯からスピーカーで音楽を流すか、それとも有線のイヤホンを買いに行くか。 「いや、どっちも無理だ…」  一人暮らしのこの家で雨音をかき消すような音量を出すわけにはいかないし、入浴を済ませ、あとは寝るだけなのにあの雨の中レインコートで外に出たくない。  残った最後の選択肢。  俺は、頭まで布団をかぶり眠りにつくことにした。多少の暑さはこの際しょうがない。あの雨音さえ、聞かずに寝れたら俺は我慢する。  布団を頭まで被ってみれば、意外にも布団は雨音を大幅に軽減してくれた。完全に無音とはいかなかったが、それでも俺はやっと眠りにつく事が出来た。 ポツ、ポツ、ポツ…。  これは何の音だろう。  俺は、気がつくと真っ白な空間にいた。何にもない空間にその音だけが静かに響きわたっていた。  俺は必死にその音の鳴る方向を探した。 (どこだ…。どこだ…。)  俺は必死に探した。  その時だった。  突然、目の前に黄色の傘を差した女性が現れた。 「やっと見つけた!」  その女性は、にこやかな笑顔で俺を見た。 「えっと、君は…」 「うん!」  女性が期待を込めた目で俺を見ていた。  でも、…。 「誰?」 「はぁ!?」  俺は、彼女が誰なのか分からなかった。そんな俺を彼女は、信じられないと言うような目で見た。 「本当に分からないの?」 「すみません…」  彼女は、最初少し怒った目で俺を見ていたが、本当にまったく見当もついていないのがわかったのか、しょうがないと言うようにため息をついた。 「まあ、会うのも久しぶりだしね。じゃあ、期限を決めようか」 「え?期限?」 「うん。期限は、1ヶ月。私が誰なのか。そして、私があなたを探していた理由に気がついたらあなたの勝ち」 「思い出せなかったら?」 「あなたの負け。もちろんペナルティー有りだから」 「ペナルティーって、そんな勝手な…」 「思い出せばいいんだから。さあ、夜が明ける。また、夢でね」 「ちょっと!」  俺は、彼女に向かって手を伸ばした。その瞬間、俺は目を覚ました。夜のうちに雨はやんだのか、窓からは朝日が差し込んでいた。 「夢…。でも、…」  彼女は、確かに俺には言った。「夢でまた会おう」と。夢の中の出来事なのに、なぜか俺はそれを無視出来なかった。不思議と彼女の事が気になった。  ならば、明らかにするしかないだろう。思い出そう、彼女の正体を。そうすればきっと一緒に分かるはずだ。彼女が俺に会いにきたその理由も。  俺は、布団から抜けだすと、忘れないうちに紙に彼女の特徴を書き出した。  しかし、書いた特徴を改めてピンとくるものはなかった。あるとすれば黄色の傘に少し引っ掛かりを覚えただけだった。
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