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いもうと
お父さんの奥さんは、若くてきれいな人だった。
「まあ、かわいいお洋服」
お父さんに会うためにお気に入りの洋服を選んだのだ。
胸元に大きなリボンがついた白のブラウスに、レースをあしらったラベンダー色のスカート。
「リボンが曲がってるわよ」
奥さんの顔がぐっと近づくと、甘い香りがふわっと香った。
そして、リボンをするするっとほどくと、素早く結び直してくれた。
「私のことは美貴ちゃんって呼んでね」
お父さんと公園で遊んで、お昼は美貴ちゃんの手作りのパエリアを食べた。
そのあと、一緒にクッキーを焼いて食べて、残りはお母さんにお土産にした。
美貴ちゃんは優しくて、お父さんはずっと穏やかな顔をしていた。
お父さんが幸せそうでよかったなと思った。
お父さんとお母さんが離婚して、私はお母さんと新しいお父さんと暮らしている。
新しいお父さんはパチンコで負けると機嫌が悪い。
そういうときは、お母さんもピリピリしていて必ず言い争いになる。
学校帰りに美貴ちゃんに会った。
「うちに遊びに来ない? ケーキを焼いたの」
お父さんのマンションは学校から歩いて五分の場所にあった。
ちょっとくらい寄り道してもバレないだろうと思って美貴ちゃんのあとをついて行った。
お父さんはお仕事だから家にはいない。
美貴ちゃんと二人きりで少し緊張したけど、美貴ちゃんはすごく優しかった。
「こっちの部屋見ていい?」
トイレに行ったときに、扉を見つけて美貴ちゃんに質問した。
「じゃあ、案内してあげる」
「冒険みたいだね」
美貴ちゃんと手をつないで廊下を歩いた。
美貴ちゃんは、玄関脇の扉を開けると、「どうぞ」と私を招き入れた。
部屋の中には大きなベッドがあった。
その横にお姫様みたいな白いドレッサーが光り輝いていた。
「ここは寝室よ。今度お泊まり会しよっか? そしたらここで一緒に寝ようね」
「見ていい?」
私はドレッサーに近づいた。
鏡の中には丸い顔の私が映っていた。
美貴ちゃんは私の肩に手を添え、私と顔を並べるとニコッと笑った。
「座って」
ワクワクしながら、ドレッサーの椅子に座った。
鏡の周りが明るく点灯すると、私の顔がぱっと明るくなった。
美貴ちゃんは、私の髪をゆっくりととかしながら、時々、鏡越しに私を見て微笑んだ。
あっという間にポニーテールができあがり、最後に赤いリボンが巻かれた。
「お人形さんみたいでかわいい」
自分でもうっとりするほど、私は輝いていた。
お気に入りの洋服を着ていたら、もっとかわいかったのに。
寝室の向かいの部屋には、洋服がたくさんあった。
「ここは、私の衣装部屋」
色鮮やかな布がきれいに整列されている。
壁際には小さなソファがあった。
その上には私よりも少し小さい人形が座っていた。
ポニーテールに赤いリボンをつけたかわいい女の子だ。
私とおそろいだ。
美貴ちゃんがおそろいにしてくれたのかもしれない。
お人形は、ジーンズに白いパーカーを着ていた。
自分の服を見てうれしくなった。お洋服も一緒だ。
「さあ、ケーキを食べましょう」
美貴ちゃんは、私の手を取りリビングに連れて行った。
美貴ちゃんとおしゃべりをしていたらあっという間に一時間経ってしまった。
急いで家に帰ると、用意されていたおやつのスナック菓子を食べた。
本当はお腹いっぱいだったけど、お父さんの家に寄ったことは内緒だからがんばって食べた。夕食は半分残してしまった。
次の日、学校が終わると美貴ちゃんのマンションまで走った。
明日も来ると昨日約束したからだ。
「今日は、アップルパイを焼いたのよ」
美貴ちゃんは料理がうまい。
トイレに行ったとき、こっそりと衣装部屋の扉を開けた。
そーっと中に入り、お人形に近づいた。
昨日と洋服がちがう。
今日は、紺色のワンピースだった。
自分のスカートを広げてみる。
今日は、少し大人っぽくして紺色のワンピースにしたのだ。
そして、朝忙しいお母さんに頼み込んで髪は編み込みにしてもらった。
お人形の髪も編み込みになっていた。
「美咲ちゃん」
振り向くと美貴ちゃんが立っていた。
「パイが冷めちゃうわよ」
また次の日、美貴ちゃんのマンションに行った。
今日は、チーズケーキだった。
衣装部屋の前を通ると、どうしても気になってしまう。
リビングの方の様子をうかがいながらそっと中に入った。
今日もお人形はすました顔でソファに座っていた。
チェックのスカートにレースをあしらったブラウスにツインテール。
今日も私と同じ格好をしていた。
お人形をじっと見つめる。
なんとなく顔も似ているような気がする。
「美咲ちゃん」
身体がビクッと反応した。
「ケーキ食べましょう」
手招きする美貴ちゃんを見上げた。
「どうしたの?」
美貴ちゃんは、私に近づき腰を落とした。
私は勇気を振り絞って質問した。
「どうして私と同じ洋服を着ているの?」
美貴ちゃんは、ゆっくりと口角を上げ微笑むと口を開いた。
「あなたの妹だからよ」
日曜日、お父さんと二人で遊園地に行った。
美貴ちゃんはいなかった。
私は美貴ちゃんも一緒でいいよと言ったけど、美貴ちゃんはお友達と約束があるらしい。
夕食は一緒に食べようと約束してくれたから、夕方には美貴ちゃんのマンションに帰った。
お父さんも美貴ちゃんも私の話を聞いて楽しそうに笑ってくれる。
この家の子になりたいなと思った。
お父さんに新しいお父さんはどうだ?
と聞かれて言葉に詰まった。
お父さんは悲しそうな顔をしていた。
夕食を食べ終わると、お父さんは仕事をするからと書斎にこもってしまった。
美貴ちゃんと二人きりになり、デザートのプリンを食べ終わると美貴ちゃんは私を衣装部屋に連れて行った。
お人形は今日もソファに座っていた。
また今日の私と同じ格好をしている。
私をお人形の前に立たせると、美貴ちゃんはお人形をなでた。
「美咲ちゃん、うちの子になりたい?」
美貴ちゃんの言葉にびっくりしてしまって声が出なかった。
この家で暮らせたら楽しそうだなと思うけど、私にはお母さんがいるから、私がこの家の子になってしまったらお母さんがかわいそうだ。
「おうちが嫌なら妹と交換しちゃえば? そうすれば美咲ちゃんのママもさみしくないよ」
美貴ちゃんは、大きな目で私を見ていた。
「この妹を美咲ちゃんの家に置くの」
美貴ちゃんは、私の腕をとるとお人形を押しつけ、私に抱かせた。
しっかりとした重みがあった。
お人形を抱えながら、美貴ちゃんに家まで送ってもらった。
お母さんはお風呂に入っていた。
お人形をソファに座らせて、私と美貴ちゃんは庭から様子をうかがった。
お母さんは、タオルで髪をゴシゴシ拭きながらリビングに入ってきた。
「みーちゃん、帰ったの?」
お母さんは、お人形に向かって私の名前を呼んだ。
「早くお風呂に入っちゃいなさい」
しっかりとお人形の顔を見ているのに、それがお人形だと気づいていない。
私は、急に怖くなって家の中に飛び込んだ。
「ママ、私はここにいるよ。美咲はここだよ」
お母さんに抱きつくと、お母さんは私を引き離し私の顔をまじまじと見つめた。
「あなたどこの子?」
お母さんは冗談を言っているのだと思った。
お母さんも美貴ちゃんもみんなで私をからかって楽しんでいるんだと。
「私だよ。美咲だよ」
「うちの子はここにいるわよ」
お母さんは、ソファに座るお人形を指さした。
「それは妹だよ。お人形だよ」
お母さんに迫るが、お母さんは迷惑そうに顔をしかめた。
「ママ! 美咲は私! ママ!」
泣きながらお母さんに抱きついた。
「すみません。うちの子が……」
美貴ちゃんが、お母さんから私を引き離した。
「やだ! やめて! ママ!」
暴れる私を美貴ちゃんが押さえつける。
「ほら、帰るわよ」
抵抗しても美貴ちゃんの力は強かった。
床に倒れて足をばたつかせても美貴ちゃんは私を引っ張る。
「ご迷惑おかけしてすみません。この子、ちょっと妄想癖があって……」
「まあ。私のことをお母さんだと思ってるのね」
お母さんは同情のまなざしを私に向けた。
「今度、遊びにいらっしゃい。うちの子と仲良くなれると思うの」
お母さんはそう言って人形を抱き上げた。
夜道、私は一言も口を利かなかった。
涙も止まってしまった。
美貴ちゃんも黙っていた。
マンションに帰ると、リビングのソファに大きな人形が座ってテレビを見ていた。
人形の正面に立つ。
お父さんそっくりの人形だった。
「パパは?」
「そこでテレビを見ているでしょ」
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