ある大学生の話

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ある大学生の話

“真夜中にシャワーを浴びようとすると、ふと、排水口の違和感に気がついた。  大量の髪の毛が詰まっている。長い黒髪。女だ。  心当たりがある。別れた女だ。大学のサークルで知り合ったときは真面目で大人しい子だと思ったから付き合い始めたのに、しだいに独占欲と妄想がひどくなって、少しでもメールを無視すると別の彼女ができたのか、だの、わたしのこと嫌いなのか、だの。鬱陶しい。  三か月前、いい加減にキレて別れを告げた。向こうは泣いて追いすがってきたがもう手遅れだ。  新しい彼女もできて、ようやく平穏な日々が戻ってきたと思ったのに、いつの間に合い鍵を作っていたんだ。 「ち、濡れてやがる」  指先でつまみ上げるとごっそり束になっていた。気持ち悪い。とりあえず三角コーナーに入れたが、明日の可燃日に処分しよう。大家さんに鍵の交換も依頼しないと。  余計な手間増やしやがって、と思いながらシャワーをひねった。  ……ゴトン。  玄関の方で物音がした。 「ん?」  蛇口を締めて周囲を窺うが、だれもいない。そもそも一人暮らしだ。  気のせいだろう。再びシャワーを出した。  こんな夜中にどうして目が覚めたのか。怖い夢を見たせいだ。内容は覚えてない。ガキでもないっていうのに飛び起きて、寝間着のシャツがびっしょり濡れていたってわけ。  ……ギシ。  まただ、やっぱり音がする。  足音。脱衣所の方からだ。  シャワーを流したまま温度設定をあげた。ブーン、と給湯器がうなる。栓で塞いだバスタブに流しっぱなしにしていると、たちまち白い湯気で曇っていく。  脱衣所に通じる摺りガラスを凝視する。  こんな夜中に侵入とは、あの女に違いない。あいにくこちらは素っ裸で無防備この上ないが、突入してきたら顔めがけて熱湯をかけてやる。で、怯んだすきに湯舟に沈めたらこっちのもんだ。警察に突き出してやる。  ギシ、ギシシ……。  床板を踏みしめて近づいてくる。シルエットが映った。赤いコートで全身を包んだ人影。立ち止まってこちらの気配を窺っている。  左手でそっとシャワーを持つ。よし。準備はできた。  どくん、どくん、心臓の鼓動が速くなる。  摺りガラスに人の手がくっきりと浮かび上がった。くる。 「え──?」  ぎゅっと足首を掴まれた。さっき片付けたはずなのに髪の毛が絡みついている。 「なんだよこれ!」  今度はぐんっと後ろに引っ張られた。狭いバスタブに背中から落ちて変な体勢で嵌まってしまう。やばい、思ったより湯が溜まってる。やばい、とれない。首になにか細いものが絡まって……、やばい息が……。ごぼっと息が抜けていく。 『はーやーと』  おびただしい髪の束がゆらゆらと視界を漂っていた。ぎょっとして目玉を動かすと髪の毛の隙間から底に転がっている女の生首が見えた。紫色の唇を引き上げ、にたぁ、と笑う。 『これでずぅっといっしょだね』  ────その日、彼氏を驚かそうとこっそり家に入った女性は、頭からバスタブに沈んでいる姿を発見、あわてて通報しましたが助かりませんでした。  死因は溺死ではなく首をつよく締められたことによる窒息死だったのです。  彼の顔はびっしりと髪の毛に覆われ、鼻の一部が骨折するほど強い圧をかけられていました。焦ったために水を飲んだのか、口の中まで髪の毛が入り込んでいたといいます。特に首の周りは警察が手こずるほど深く、執拗に食い込んでいたということです。  のちのDNA鑑定の結果、髪の毛は数日前上流にある貯水池で発見された女性のものと分かりました。彼の家の水道と貯水池はつながっていました。  警察は、ふたりの関連を調べています。“ 「つっまんねぇ」  俺はタブレットをぽいっと放り投げた。
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