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何があったのか説明しようとしたけれど、泣きじゃくる母に「忘れなさい」と言われてしまい、男の子の安否も、「おじいちゃん」の存在についても、それ以上聞くことはできなかった。
背中の傷跡は醜く残ってしまったけれど、水泳の授業のときは、許可をもらってラッシュガードを着ていたし、温泉など背中を晒すようなレジャーは避けて生活していた。
だから、トラウマなど残ることなく、母の言いつけどおり、事件の恐怖自体は忘れていった。
でも、短大に進学して、年上の彼氏と初めてそういう関係に進もうとしたとき─
「うわ、何これ。萎える」
と言われてしまったのだ。
日頃意識してなかった分、ショックも大きくて。
自分は『傷物』なのだと強烈に意識させられた。
もちろんその彼氏とは即効でサヨナラをし、それ以降はコンプレックスを理由に、上半身は服を脱がないという条件を飲んでくれる人と何人か付き合ったけれど、どれも長続きしなかった。
つまり、家柄だけならまだしも、私は逆立ちしたって夏目さんに相応しくない女なのだ。
動揺した夏目さんの声を思い出し、泣きながら夜道を駆け抜けていると、
「凛!待って!」
あり得ないことに、夏目さんが追いかけてきた。
「話を聞いてくれ!」
振り切るように加速しようとしたとき─
突如道路脇に停めてあった黒塗りの車のドアが空き、中に引き込まれてしまった。
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