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ベッドの中でのことを持ち出すのは良くないことだというのは十分承知。
だけど、それは相手も私に一定の敬意を払ってくれている場合に限られると思う。
つまり、散々家柄や経済力で私を見下して来たこの男に、容赦する必要なんてない。
それでも、逆上して、水でも引っ掛けられるかもしれないと身構えていたら。
「…俺の時は引き留めもしなかった癖にっ!」
瞳の奥を激しく揺らしながら吐き捨てた壱哉が、更に私を侮辱する言葉を口にしようとしたとき、夏目さんが戻って来た。
「ごめん、お待たせ。もう注文した?」
「ううん、まだ」
「あれ?なんか、空気悪い?」
「…いや。仁希が席を外している間に俺も急な呼び出しがかかって。申し訳ないけど、今日はこれで」
やった。完全勝利!!
帰れ、帰れ!
二度と私の前に現れるな!
と、心の中で悪態をついていたら。
「凛さん、またいずれ」
壱哉はしっかりと釘を刺して帰って行った。
どうしよう。
夏目さんに本当のことを言った方がいい?
だけど─
「今M&Aの交渉が大詰めらしくて。ごめんな、凛」
呆れながらも、どこか誇らしげだ。
「…ううん」
夏目さんにとっては良いお兄さんなんだ。
私はいずれ身を引くつもりだけど、兄弟の縁は一生続いていく。
どういう理由でかは分からないけれど、壱哉も自分から言うつもりはないらしい。
それなら黙っていようと、密かに心に誓った。
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