取引

5/10

1893人が本棚に入れています
本棚に追加
/154ページ
 翌朝、夏目さんを見送った後、私もバイト先へと向かった。  「じゃあ今日は夏目社長はいないのかい?」  「はい。だから、久々にアパートに帰ろうと思って」  久しぶりに一緒になった川瀬さんと、現場の詰所で休憩時間にお茶を飲みながらおしゃべりを楽しむ。  「えっ!?大丈夫なの?確か、不審者が出るから夏目さんちに身を寄せてたんじゃなかったっけ?」  「大丈夫ですよ。そもそも不審者だったかどうかも怪しかったし。仮に本当に不審者だったとしても、あれから随分時間も経ってるし。ずっと留守にしてたから諦めてるでしょう」  「止めておいた方がいいと思うけどなぁ」  「慌てて出て来たから、色々心配で。ちょっとくらい空気の入れ替えしておかないと、うち古いから変なキノコとか生えてそうで…」  「せめて夏目さんに言っておいた方がいいと思うよ?」  「そうですね」  と、返事をしたものの、言うつもりはない。  言ったら絶対反対されるから。  夏目さんは、「凛はずっと俺の家(こ こ)にいればいい」と言って、常々私に早くアパートを解約するように迫っているくらいだから。  だけど、夏目さんとの別れがいつ訪れるか分からないのに、そんなことできるわけない。  住むところは確保しておくに越したことはない。  「そろそろ行きましょうか」  立ちあがろうとしたとき、詰所の入り口にいたスーツ姿の男と目が合った。  信じられない光景に足が竦む。  「清永凛さん、ちょっと」  声をかけて来たのは、壱哉だった。
/154ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1893人が本棚に入れています
本棚に追加