吸収する

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吸収する

 家に帰ったら風呂場に直行した。桶に水を張り、土やらなにやらで汚れたクラゲを袋から移す。  水の中で揺れてるクラゲを見ながら、カップアイスをすくって口へ運んだ。  クラゲって海の生き物だっけ? でも道端にいたし、動いて鳴いたし、よくわかんない。  水の中でデロンと広がったクラゲみたいな生き物は、ゆらゆら触手を動かして桶の縁まで移動すると、触手で体を持ち上げた。桶から身を乗り出して、べしょっと床に落ちてから、またチィチィ鳴く。しゃがんでる私の、裸足の足先をちょんちょんしてる触手は、水に濡れたコンニャクみたいだった。  そういえばクラゲって何食べるんだろう? プランクトン? クラゲのエサみたいのあるのかな? でもクラゲかどうかわかんないし。アイス食べる?  食べ終わりそうなカップアイスを一さじ、クラゲの頭の上に落とす。アイスがトロリと滑り落ちて触手の先を汚した。アイスのついた触手がプルプル動く。そしたら、そうめんみたいな触手がワサワサと内側から湧いてきた。アイスの上でワサワサしたらあっというまにアイスが消え、ワサワサ触手も内側に消えた。  吸収した? たぶん。  なにがどうなってるのか全然わかんないけど、酔っ払っててどうでもよかった。本当は酔ってなくてもどうでもよかった。何もかもどうでもよくて、私にどうでもいいと思われてるこの小さな生き物も私もどうしようもなくて、涙が出た。くだらないと思いながら、だらしなく流れるままにした涙がポタポタ落ちる。風呂場の床に、クラゲの上に。  ふよふよ、チィチィ、ふよふよ、チィチィ。  クラゲが上に伸ばした触手がふよふよ動くから、手を振ってるみたいに見えた。  カップの底にある溶けたアイスをクラゲに垂らす。プルプル触手を動かしてアイスを拭うクラゲを置いて風呂場を出た。  部屋に戻ってアイスの容器を捨て、洗面所で歯磨きをする。足に濡れたそうめんみたいな感触がして、見たらクラゲが足の甲に乗っかって触手を足首に巻き付けてた。  お風呂場からここまで床が少し濡れてる。拭くの面倒。こんなに歩けるなら、こいつは脱走クラゲかもしれない。  足を動かしてクラゲを振り落とそうとしても離れない。なんでこんなに懐いてるんだか。でも悪い気はしなかった。  歯磨きを終えてクラゲを持ち上げる。手で掴めばすんなり足から離れてくれた。最初の気持ち悪さは薄れてしまい、やたらと懐いてくる変な生き物枠になったクラゲをつつく。 「もう眠るから、アンタも寝なさい。布団に入ってきちゃダメだよ」  とりあえず言い聞かせて桶の水の中へ戻した。  電気を消してベッドに入る。薄いタオルケットをお腹に掛けて目をつぶると、外から聞こえる雨音に混じって、風呂場からピチャ、チャプ、という小さな水音が聞こえた。  アラームで目を覚ます。  床に足を降ろすと、ぶにょと水っぽい潰れた感触がした。慌てて足をどけたら、クラゲが少しだけ早く動いて離れた。触手を振るように動かしてチィチィ鳴くのは、抗議してるのかもしれない。けっこう思い切り踏んだけど潰れなくて良かった。柔らかい感触だけど丈夫らしい。  お酒の抜けてない頭は、顔を洗ってもスッキリしない。  冷蔵庫からグレープフルーツジュースのパックを出して飲み干す。ヨーグルトの四連パックから一つ切り離し、蓋を開けた。  チィチィと足下から鳴き声が聞こえる。お腹が減ったのかと思い、ヨーグルトのフタの裏を触手の下に置いてみた。そうすると、内側が膨らんでそうめん触手がワサワサしだす。あっという間に舐めつくされたフタの裏は、つるつるした綺麗な銀色になった。  どのくらいの量を食べるかわからないので、半分になったカップヨーグルトを床に置き、その上へフタするみたいにクラゲを乗せた。クラゲの傘のほうが大きいので下の触手がどうなってるかはわからない。けど、小刻みにプルプルしてるから、たぶんワサワサしてるんだと思う。  出かける前にクラゲのお昼も必要だと気づき、フタを開けたヨーグルトを床に置いた。 「これがお昼ご飯だからね? お腹すいたら食べて。私が帰るまで部屋の中で大人しくしてるんだよ」  クラゲは返事のようにチィチィ鳴いた。  クラゲに言い聞かせて部屋を出る私は、まだ酔ってるのかもしれない。あれはホラーを見過ぎた私の幻覚で、ヨーグルトは床の上で腐るだけかもしれないと、歩道の水たまりをよけながら思った。
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