成長する

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成長する

 止まない雨の中、靴をビショビショにしてアイスとヨーグルトを食べたクラゲのために色々と買って帰った私を、チィチィ鳴いて出迎えてくれた。 「ただいま」  チィチィ  クラゲがいたことにホッとして、会話してる自分がおかしくて笑う。クラゲをまたいで手を洗い、部屋着に着替えて晩ご飯を机に並べた。枝豆と卵焼きと缶チューハイとヨーグルト。  ヨーグルトの上にクラゲを乗せて、いつも通りホラー映画を探す。探しながら、ホラーはクラゲの情緒育成に良くないかもと思いつき、精神の安定を図るなら仲間でしょうと、クラゲ動画を探した。水の中を泳ぐクラゲを眺めつつ、やっぱりクラゲは水の中の生き物だと思う。 「クラゲはクラゲじゃないね。なにもの?」  チィチィ 「わかんないね」  自分が何者なのか。これはもう哲学的問いかも。クラゲみたいな生き物と哲学。酔っ払ってる私のレーゾンデートル。  枝豆を食べて缶チューハイを飲む。枝豆、クラゲ動画、缶チューハイ。そしてヨダレ。ぼんやりしてたせいで、啜るのが間に合わずポタリと机に落ちた。すぐそばにいたクラゲが、いくらか素早い動きでヨダレの上に移動してプルプルする。ヨダレを摂取されてると思うと、ちょっと気持ち悪い。  缶チューハイを持つ私の手に登ったクラゲが、触手を飲み口の中に垂らしてきた。アルコールも平気らしい。 「私も飲みたいからどけてくれる?」  そう言ったら、触手を飲み口から引き抜いた。缶チューハイを持つ右手に乗るクラゲを、左手で掴み取る。指に触手を絡みつけてくるので、グニグニ揉んであげた。 「ずいぶん飲んだね。半分も。酔わないの?」  チィチィ  だいぶ減ってしまったチューハイを煽って飲み干した。いつもならお代わりするところだけど、クラゲ動画で眠くなってしまった。  雑にシャワーを浴びてベッドに横になったら、すぐ下でチィチィとしつこく鳴く。床から拾って枕元に置いたら、のそのそ移動して耳元にくっついた。  クラゲから聞こえる静かな雨音に似た音が、頭の中を満たす。まるで雨の中に閉じ込められてるみたいだと思った。  アラームで目を覚ます。  チィチィ鳴く声に、お早うと返事して手を伸ばした。手からはみ出るクラゲの感触に驚いて起きると、やけに大きくなっていた。  昨日までは手の平一つ分、今日は手の平二つ分。そのことに混乱するも、手の指に触手を絡みつけてチィチィ鳴くクラゲには変わりない。まあいいかなと思い、昨日と同じくヨーグルトパックを朝と昼用に用意した。  今日も静かな雨が止むことなく降っている。玄関を開け、夏の暑さと雨の湿度の中へ足を踏み出した。水たまりが酷いせいで、足首までのレインブーツの中も湿ってしまった。  帰りの電車は妙に混んでいて、どこかの路線が浸水してるという話し声が聞こえた。配送が遅延するかもと思い、スーパーに寄って食料品を買い込む。クラゲ用のヨーグルトとアイスと私用の何か。同じ考えの人たちがいたらしく、パンコーナーは品薄だった。  スーパーを出て傘をさす。蒸し暑さのせいで傘を持つ手がジトジト汗をかいた。部屋に入ったら熱さが和らいでホッとする。夏になって壊れた修理待ちエアコンの代わりに、扇風機を強にしてまわした。  濡れた足下が気持ち悪くて先にシャワーを浴びる。頭にタオルを巻いて冷凍庫からカップアイスを取り出し、裸のまま扇風機の前に座った。クラゲがチィチィ鳴きながら、投げ出した足によじ登る。濡れていないクラゲは温度もなくフニフニサラサラしている。  差し出した腕に乗ったクラゲに、アイスをひとさじ差し出した。すぐ食べると思ったのに、動かない。  チィチィ 「アイス、とけてきてるよ」  チィチィ 「食べないの?」  チィチィ、ふよふよ  クラゲが手を付けないので自分で食べる。  私がアイスを食べてると、クラゲが腕をよじ登ってあごの下まで移動してきた。触手を揺らして口元を撫でる。  何だろうと思いつつ最後のアイスを口へ運んだら、スプーンと一緒に触手が入り込んできた。何本かの触手が、アイスの乗った舌の上でぷるぷるしている。  本当はアイスを食べたかった? それとも昨日のヨダレ?  なんにしても口の中に入れたものを出すのは抵抗ある。アイスを飲み込んだあと、触手を舐めて綺麗にした。  クラゲを机の上に置き、昨日と同じような晩ご飯を並べる。クラゲにヨーグルトをあげたけど、デカくなったクラゲは触手を伸ばして缶チューハイを飲んだ。邪魔なので、ヨーグルトを食べるように言い聞かせる。  今日は海の生き物動画をクラゲと一緒に見て、パンツだけはいて寝た。チィチィ鳴くクラゲを枕元に置いたら、肩からよじ登って体の上をのそのそ歩きまわる。フニフニサラサラする感触を気持ち良いなと思いながら眠った。
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