23人が本棚に入れています
本棚に追加
「ぶははは! それで今日は朝早くから出勤というわけか。ひーっ、腹痛い」
住民からの通報記録、街の巡回報告書。手配犯のリスト。備品の発注書、納品書の数々の承認。上層部からの連絡事項。部下からの要望、提案。黙々と書類を片付けているバーナードの前で腹を抱えたルースが、目尻の涙を拭った。
「女の子に声かけられただけだろー。テンパって逃げ出すとかクマらしいわー。ウケる」
「し、しようがないだろ。女の子に悲鳴を上げられるのならまだしも、声をかけられるなんて」
幼馴染兼友人のルースから目を逸らし、バーナードはぼそぼそと言い訳をした。
クマというのは、子供の頃からのバーナードのあだ名だ。同級生より一回りも二回りも大きな体格から、クマと呼ばれてきた。故郷でのあだ名は親しみのこもったものであったが、騎士団長となった現在では、バーナードの人柄を知らない者から『人食い熊』などという畏怖と悪意のこもったものとなっている。
「クマに声かける女って気の強そうなのばっかだもんなー」
強面で偉丈夫の『人食い熊』などと呼ばれる騎士団長に近寄る女の子はいない。少し危ない男が好きな百戦錬磨の女には人気があるのだが、バーナードはそういった女性が苦手だった。ぐいぐい来られて正直、怖い。
「んで。可愛かったのか、その子」
「へあっ?」
今朝の少女の姿が浮かんだ。小さな顔に大きな瞳。ふわふわの白い髪。黄色のワンピースが似合っていた、パンケーキのような女の子。この上なく可愛くて美味しそうだった。
……美味しそう? なんだその変態思考。
他人にそんなことを思ったのははじめてだ。
「ぶはははははははは! わっかりやす!」
「何が!?」
「それだけ顔に出てて自覚なしかよ。ひーーっ、ウケる。ほれ、これ食ってこれ飲んで落ち着け。冷やせ」
「冷てっ! あ、サトウ商店のねじねじパンと苺牛乳!」
頬に当てられた牛乳瓶に首をすくめてから、目の前にぶら下げられたパン屋の紙袋を見て、バーナードの目が輝いた。
「いつもありがとうルース」
「おうよ」
いそいそと袋を開けると、砂糖たっぷりの揚げドーナツが三つ並んでいる。
慎重に取り出してパクリと口に入れる。カリッとした歯ごたえと砂糖のじゃりじゃりが舌を刺激した後、ふっくらと柔らかい生地から、じゅわりと甘さが口いっぱいに広がった。
「ふわぁ。美味い」
至福。脳が溶ける。
「ぶはははは! マジで幸せそうに食べんな、クマは。普段からその顔見せれば取っつきやすいのに。今日のしごきで新人ども、恐怖に震えてたぞ」
苺牛乳瓶のふたを開けながら、バーナードは真顔で答えた。
「駄目だ。これでも騎士団長だからな。舐められるわけにはいかない」
ぐいっと瓶をあおる。甘い香りと、まったりと濃厚なのど越しがたまらない。
「真面目だなー」
ルースが紙袋と一緒に持ってきた、今朝の分の書類を差し出す。その際に一枚目の書類がめくれ、下から別の書類が覗いた。
「あ」
書類に視線を落としたルースが動きを止める。
「どうした」
瞬く間に三つを平らげ、指についた砂糖を舐めとったバーナードは、ルースの手元を覗いた。
『不審者情報。早朝のパンケーキ屋に怪しい男』
ゴン! めり込む勢いで机に突っ伏すと。バーナードの肩に、ぽんとルースの手が置かれた。
最初のコメントを投稿しよう!