クマさん強面騎士団長はスイーツがお好き

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「ぶははは! それで今日は朝早くから出勤というわけか。ひーっ、腹痛い」  住民からの通報記録、街の巡回報告書。手配犯のリスト。備品の発注書、納品書の数々の承認。上層部からの連絡事項。部下からの要望、提案。黙々と書類を片付けているバーナードの前で腹を抱えたルースが、目尻の涙を拭った。 「女の子に声かけられただけだろー。テンパって逃げ出すとかクマらしいわー。ウケる」 「し、しようがないだろ。女の子に悲鳴を上げられるのならまだしも、声をかけられるなんて」  幼馴染兼友人のルースから目を逸らし、バーナードはぼそぼそと言い訳をした。  クマというのは、子供の頃からのバーナードのあだ名だ。同級生より一回りも二回りも大きな体格から、クマと呼ばれてきた。故郷でのあだ名は親しみのこもったものであったが、騎士団長となった現在では、バーナードの人柄を知らない者から『人食い熊』などという畏怖と悪意のこもったものとなっている。   「クマに声かける女って気の強そうなのばっかだもんなー」  強面で偉丈夫の『人食い熊』などと呼ばれる騎士団長に近寄る女の子はいない。少し危ない男が好きな百戦錬磨の女には人気があるのだが、バーナードはそういった女性が苦手だった。ぐいぐい来られて正直、怖い。 「んで。可愛かったのか、その子」 「へあっ?」  今朝の少女の姿が浮かんだ。小さな顔に大きな瞳。ふわふわの白い髪。黄色のワンピースが似合っていた、パンケーキのような女の子。この上なく可愛くて美味しそうだった。  ……美味しそう? なんだその変態思考。  他人にそんなことを思ったのははじめてだ。 「ぶはははははははは! わっかりやす!」 「何が!?」 「それだけ顔に出てて自覚なしかよ。ひーーっ、ウケる。ほれ、これ食ってこれ飲んで落ち着け。冷やせ」 「冷てっ! あ、サトウ商店のねじねじパンと苺牛乳!」  頬に当てられた牛乳瓶に首をすくめてから、目の前にぶら下げられたパン屋の紙袋を見て、バーナードの目が輝いた。 「いつもありがとうルース」 「おうよ」  いそいそと袋を開けると、砂糖たっぷりの揚げドーナツが三つ並んでいる。  慎重に取り出してパクリと口に入れる。カリッとした歯ごたえと砂糖のじゃりじゃりが舌を刺激した後、ふっくらと柔らかい生地から、じゅわりと甘さが口いっぱいに広がった。 「ふわぁ。美味い」  至福。脳が溶ける。 「ぶはははは! マジで幸せそうに食べんな、クマは。普段からその顔見せれば取っつきやすいのに。今日のしごきで新人ども、恐怖に震えてたぞ」  苺牛乳瓶のふたを開けながら、バーナードは真顔で答えた。 「駄目だ。これでも騎士団長だからな。舐められるわけにはいかない」  ぐいっと瓶をあおる。甘い香りと、まったりと濃厚なのど越しがたまらない。 「真面目だなー」  ルースが紙袋と一緒に持ってきた、今朝の分の書類を差し出す。その際に一枚目の書類がめくれ、下から別の書類が覗いた。 「あ」  書類に視線を落としたルースが動きを止める。 「どうした」  瞬く間に三つを平らげ、指についた砂糖を舐めとったバーナードは、ルースの手元を覗いた。 『不審者情報。早朝のパンケーキ屋に怪しい男』  ゴン! めり込む勢いで机に突っ伏すと。バーナードの肩に、ぽんとルースの手が置かれた。
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