23人が本棚に入れています
本棚に追加
「はああぁあ」
パンケーキ屋に運ぶ足が重い。
バーナードは不審者の正体が自分であることの釈明と怖がらせた謝罪のため、パンケーキ屋に向かっていた。
団員たちには、事情聴取に行ってくると言ってきた。バーナードが甘党であることと、不審者がバーナード本人であることを知らない団員たちには「団長直々に!?」と驚かれたが黙らせた。こういう時は強面が役に立つ。
「やっぱりパンケーキ屋は無理だな」
パンケーキ屋もだが、スイーツを扱う店は軒並み無理だ。ただでさえ男は入りにくいのに、強面の男はなおさらである。
ルースに買ってきてもらうスイーツで満足しよう。あの腐れ縁の幼馴染は、自分はそんなに甘いものが好きでないのに、気を遣ってあれこれ買ってきてくれる。
しかし、できたてのパンケーキやアイス、パフェなど。テイクアウトの難しいものも多い。それに店では選ぶ楽しみだってある。直接買いに行ったり店で食べたかったのだが。
とにかくバーナードは視線を集めてしまう。普通に道を歩いていても前から来た人に目を逸らされ、避けられる。
ルースいわく、バーナードは気にしすぎなだけらしいが。
「それにしても、通報されてしまうとはなあ」
がしがしとバーナードは頭をかいた。
「あの子も結局、他の女の子と同じだったか」
声をかけてきてくれたあの子の、苺のように赤い瞳に怯えの色は見えなかったのに。結局怯えさせてしまったらしい。少し期待してしまっただけに、がっくりと気分が落ち込んだ。
すぐそこにパンケーキ屋が見えたところで、鈍かった足がついに止まる。
「うっ。任務で来ても入りづらい」
早朝から客が並ぶほどのパンケーキ屋は、女性とカップルでにぎわっていた。開店前はシャッターが閉まっていたが、店の壁の大部分がガラス張りだ。満席の店内がよく見えた。
こちらから店内がよく見えるということは、店内からも外の様子が見えるということ。店内の客が、バーナードに何事かという視線を投げかけていた。口の動きからして、ひそひそと会話が交わされている。いたたまれない。
今朝とは違い、騎士服と武器防具の装備。客としてではなく職務。堂々と入ればいい。なのに今朝と同じく一歩が出せず、バーナードは立ち尽くした。
バーナードは超がつくヘタレでもあった。
その時、パンケーキ屋の扉が開いた。
騒ぎに気づいた、白いシャツにエプロン姿の女性店員が表に出てくる。
「ご足労すみません、騎士様……あっ!」
「うぇっ!」
女性店員はバーナードを見るなり、パタパタと駆けてきた。ぶつかるのではないかと思うほど一気に距離をつめられ、バーナードの口から変な声が出る。流石に飛び上がりはしなかったのは、防具の重量の賜物だった。
「あの、今朝の人ですよね。騎士様だったんですか」
「は……はい」
白くふわふわの髪。大きくて真っ赤な瞳。黄色のワンピースではなくなったが、女性店員は苺のショートケーキのような女の子だった。
「驚かせてしまっただけでなく、通報までしてしまって申し訳ありませんでした」
「あ、いや」
深々と頭を下げられ、うろたえたバーナードは胸元に上げた両手をうろうろとさまよわせた。
同時にやはり彼女に通報されたのかと少し気分が沈んだが、当初の目的を思い出して背筋を伸ばす。
「その。謝らなければならないのは私です。こちらこそ、不審な行動を取って申し訳ありません」
ここに来たのは釈明と謝罪のためである。バーナードも出来るだけ深く頭を下げた。体格差があるので、それでも彼女の後頭部が下なのが申し訳ない。
「不審だなんて。入るのに迷っていただけですよね。せっかく来てくださったお客様なのに驚かせてしまって、すみませんでした」
互いに頭を下げ合っていると、また扉が開く。
「ご足労すみません、騎士様。え、なに? どうしたの、ビアンカ」
「メリッサ! もうっ。今朝の人は変な人じゃないって言ったのに!」
「えっ? どういうこと?」
顔を上げたビアンカと呼ばれた女の子が、出てきたメリッサという女性店員を軽くにらみ、腰に手を当ててぷくっと頬を膨らませた。
怒った顔も可愛い。などと見惚れていると、にっこりと微笑まれた。こっちの方が可愛い。
「店先で立ち話もなんですから、お入りください。パンケーキ、食べ損ねましたよね。よろしければ食べていってください。ほら、メリッサ」
腰を押す小さな手にドキドキしながら、バーナードは店内に入った、というより連れ込まれた。
最初のコメントを投稿しよう!