クマさん強面騎士団長はスイーツがお好き

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「本当に申し訳ありませんでした。私の早とちりで通報してしまって」  恐縮した様子でメリッサが頭を下げると、後ろにくくった髪がぴょこんと跳ねた。  通報したのはビアンカではなく、メリッサだったらしい。そのことに重かった心が軽くなる。 「いえ。声をかけてられて逃げ出すなど、まるっきり不審者です。お騒がせして申し訳ない」  カウンター席に案内されたバーナードは、もう一度頭を下げた。 「あの、お互いに謝り合っていても不毛なのでやめませんか?」 「うえっ! し、しかし」  驚くとつい素が出てしまう。ビアンカに鎧越しに肩を叩かれ、声が裏返った。恥ずかしい。 「じゃあ私たちずーっと騎士様に謝りまくります」 「それは勘弁してください」 「じゃあ謝りっこなしです」 「……はい」  そう言われると頷くしかない。バーナードは蚊の鳴くような声で首肯した。  小さくて可愛いらしい見た目なのに、ビアンカはわりと押しが強いのかもしれない。 「うちのパンケーキはじっくりと焼くので少し時間がかかりますが、待っていてくださいね」 「しかし」  今のバーナードは剣と鎧を装備した状態。いかつい騎士がいると、女性から煙たがれる。滞在していると、店の迷惑になるかもしれない。 「嫌ですか?」 「う……頂きます」 遠慮しようとした途端に、赤い瞳が潤んだ。その顔は反則だ。 「良かった! 」  ぱたぱたと厨房へ戻ってくビアンカとメリッサ、を見送り、バーナードは店内に取り残される。  夢にまで見たパンケーキ屋だが、落ち着かない。周りが気になって仕方がなかった。  店内で、男一人の客はバーナードだけだ。明らかに浮いている。  バーナードは、大きな体を少しでも小さく見せようと背中を丸めた。膝の上に置いた手を擦り合わせる。手汗に自己嫌悪した。  視線が痛い。女性たちの会話や笑いが、全て自分のことのような気がする。 「お待たせしました」  目の前にことんと皿が置かれる。  うわ、美味そう。  シンプルな白い皿の上に、見るからに柔らかそうな分厚いパンケーキが並んでいた。添えられたクリームと真っ赤な苺、生地にまぶされた粉砂糖がスイーツ好きにはたまらない。小さな白い陶器に入っている琥珀色の液体ははちみつか、シロップか。あれを生地にたっぷりしみこませたら。想像するだけで唾が出てくる。  いつの間にか女性客の視線も声も頭から消えた。ナイフを入れると、手にほとんど感触が伝わることなく切れた。生地を口に運ぶ。口に入れた瞬間、しゅわっと溶けた。 「何だこれ、とける」  溶けた生地と共に優しい甘さが広がる。ヤバい。こっちもとろけそうだ。  今度はクリームをつけて一口。生クリームかと思ったがバターの香りがして驚いた。  こっちをかけたらどうなるだろうと、ワクワクしながら琥珀色の液体を垂らす。しっかりと生地に絡めてまた一口。濃くと深みがプラスされた甘さがいい。 「美味い。幸せだぁ。生きててよかった」  頬が緩み、ついでに心も緩み、本音が溢れた。あれほど気になっていた、周囲の視線も笑い声も消えた。最高だ。美味くてナイフとフォークが止まらない。 「ご馳走様でした」  気がつけばあっという間に皿は空っぽ。食べ終わるまでは何もかもが気にならなくなって、バカみたいに美味しい、甘い、幸せという、単純な感情に支配されていた。 「あー、よかったぁ」 「怒ってたんじゃなかったー」 「……可愛い」  カウンターの向こうから複数の安堵の声が聞こえてきて、バーナードは我に返った。視線を向けるとメリッサと別の店員が、ばつが悪そうな半笑いになった。ビアンカだけが少し顔を赤くしてうつむく。 「すみません。眉間にしわを寄せて待ってらしたんで、てっきり怒っているのかと」 「よく言われます。不愛想で申し訳ない」  バーナードは普通にしていても怒っていると勘違いされる。むしろ気をもませてしまって申し訳ない。  最後に妙な言葉を聞いたような気がしたのは、聞き間違いだろう。 「ご馳走様でした。美味かったです」  机の上に代金を置いて、バーナードは立ち上がった。 「そんな、不審者だなんて誤解したお詫びです。お代なんて要りません」 「いいえ。払わせてください。でないと()の気が済まない」  ぱたぱたと駆けてきたビアンカに首を振る。 「僕、こう見えてスイーツが大好きで。でもこんなナリだからパンケーキ屋とかカフェとか入れなくて。ずっと諦めてたんですよ。今日は夢の時間でした。ありがとうございました」  謝罪ではなく感謝の気持ちをこめて頭を下げる。 「いいと思いますよ」 「え?」 「諦めなくて、いいと思います。スイーツ好きなのは女性だけじゃないですし。それに私」  両拳を握ったビアンカが距離を詰めてきた。近い近い近い。 「パンケーキを食べてる時の騎士様すごく好きです。ずっと見ていたいです」 「食べてるときの僕が?」 「はい」  バーナードはぽかんと口を開いた。そんなことを言われたのははじめてだ。 「すごく幸せそうで、こっちまで幸せになりました」  ふわりと白い髪を揺らしての、はにかむような微笑みで完全にバーナードは落ちた。天使か。
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