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気配は厩舎からだ。少なくとも十人以上いる。
バーナードは足音を殺して忍び寄った。
馬の世話のは一人か二人。十人以上が集まっているのは、それだけの人数が馬を使っての任務ということ。地区に駐屯している騎士では手に負えなかった案件で、それなりの危険性のあるものだろう。
それだけの規模の任務なら必ず団長に報告があるものだが、バーナードは聞いていない。明日のデートのため、気を遣ったルースがわざと報告しなかったのだと思われる。
「よりによって娼館が運営する大衆浴場の魔炉ボイラーにキラーワスプの巣か。季節外れの冬にまだ兵隊が現役ってことだねー。あー、やだやだ」
「魔炉ボイラーは年中あったかいですから、季節勘違いしちまったんでしょうよ」
厩舎の中を窺うと予想通り、ルースと十人ほどの団員が馬に鞍を取りつけていた。会話から、キラーワスプという害獣駆除依頼だと判明する。
キラーワスプというのは、中型犬ほどの大きさもある蜂だ。肉食で毒性も強く、刺されるとショック死する。そのため見つけ次第駆除が鉄則で、毎年夏から秋にかけてキラーワスプ駆除の依頼がある。
「巣の規模は」
「魔炉ボイラーの中にびっしり」
「ちっ、厄介だねー。ったく。いくらダミーっつったって、連中も施設の管理くらいちゃんとやってろよなー」
娼館が運営する大衆浴場は、ここ数日かかりきりになっていた案件だ。娼館の大衆浴場は、合法だが違法すれすれの限りなく黒に近いグレーである。規制が難しく、裏の人間の出入りが多いため、人身売買・薬取引などの後ろ暗い闇取引場のダミーに使いやすいのだ。
やっと証拠を掴んで、昨日検挙したばかり。関係者の取り調べはまだだが、一段落ついたからともらった休息日が明日だ。それがキラーワスプの巣になっていたとは。
「とりあえずこのメンバーで先行するけど。この人数じゃちょっと厳しいから、日勤のやつにも声をかけといてくれる?」
「ここに一人いるぞ」
馬の首を優しく叩いて、ルースが居残りの団員に指示をしたところで、バーナードは厩舎に足を踏み入れた。
「げっ! ク……団長、まだ帰ってなかったんですか!」
馬にとりつけた腹帯を締めていたルースが、ぎょっとした顔をする。
「あー、せっかくですけど団長の勤務時間は終わってますよ。お帰りください」
一瞬で平静に戻り、右手をひらひらと振ったルースに、腕組みをしたバーナードは片眉を上げた。
「ルース副団長。キラーワスプの巣があったという報告、わざと私に持ってこなかったな?」
「何のことですかね?」
ルースがしれっと流すので、バーナードも勤務時間うんぬんを無視する。厩舎の中に入り、馬装に必要なタオルや鞍を手に取った。
「大衆浴場の魔炉ボイラーの規模からすると、相当数のキラーワスプがいる。人手はいくらあっても足りないはずだ。それに」
手早く馬に装着してルースの前に立つと、彼を見下ろした。
「ここにいる団員全てがそれぞれに家族、友人、大切な人間を持っている。皆同じだ。そうだろう?」
バーナードは人を見下ろすのが嫌いだ。だが今はあえて見下ろす。
友人だからといって特別扱いするな、ルース。そう、態度と目で伝えるために。
「あー、分かりましたよ。分かってますよ。ちゃっちゃと片付けて明日は予定通りの非番ですよ、団長!」
はあ、と片手を額に当ててから、ルースが馬に飛び乗った。バーナードも馬上の人となり、右拳を突き出す。
「行くぞ」
「「「は!」」」
大きく開け放たれた厩舎から、出立した。
キラーワスプ討伐は、一対一でもそれなりに危険だ。それが二体一、三対一、四体……となると危険度がどんどん跳ね上がる。そして巣にいるキラーワスプの数は数百匹規模。そこにたった十数人で乗り込めばどうなるか。
答えは一人で百匹以上のキラーワスプを相手取る、ということになるのだ。はっきり言って自殺行為である。
しかしそれは何の対策もなしに乗り込めばの話。騎士団のキラーワスプ駆除依頼は毎年恒例。対策はちゃんとある。
「よし。そろそろいいだろう」
キラーワスプも蜂。普通の蜂と同じく煙に弱い。持ってきた発煙筒に着火してボイラーに放り込み、約一分待つ。その間、巣から飛び出してきたキラーワスプを倒す。一分経ったら踏み込んで、後は時間との戦いだ。煙幕での気絶は数分程度。煙で気絶している間にひたすら殺す。
「団長、動き出した」
「煙の効果が切れたか。ここからが正念場だ。仲間から離れすぎないように! 危なくなったら無理せずさがれよ」
キラーワスプが気がつき始めたら、後は普通の討伐だ。互いにフォローし合える距離で剣を振るい、キラーワスプを仕留めていく。ぶんぶんと飛び回るキラーワスプを斬って、斬って、斬りまくって。
女王を含めて一匹残らず殺して駆除が完了するころには、すっかり日が高くなっていた。
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