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入りたい。でも入りづらい。
早朝。開店間近のパンケーキ屋の前。開店待ちの女性客の列に自分も加わるか否か。バーナードは大きな足を、一歩踏み出しては一歩戻るを繰り返していた。
バーナードは他人より大きい。身長はもちろんのこと。肩幅もあり、骨も太い。筋肉が体に厚みを与えている。
加えて眉も太く濃く、唇にも厚みがあり、鼻筋も通っている。いわゆる強面というやつだ。
自覚しているが、威圧感が半端ない。女性には恐がられる。男にも怖がられる。子供はなぜか平気だが。
そんなバーナードが女性客だらけのパンケーキ屋に入ればどうなるか。まず間違いなく浮く。浮くどころか店員に身構えられ、女性客にひかれる。それはよく分かっている。しかしだ。
どーしても流行りのパンケーキが食べたい。
昔から食べられてきた素朴なものではなく、ふわふわの生地に生クリームやフルーツなどのトッピングがされているらしい。味はもちろん、見た目もおしゃれだと女性に人気なのだ。
バーナードはこの見た目で、この上なく甘いものが大好きだ。比較的渋い東の国のヤマト菓子も好きだが、目にも楽しい女性の好むような可愛らしい菓子はもっと好きだ。
好きだが、バーナードがそういった店に行くと場違い感が半端ない。仕方なくいつも友人に買ってきてもらうのだが、できたてを味わってみたいではないか。
だから他の店よりも早い時間から開店するパンケーキ屋に足を運んだ。早朝の方が比較的客は少ない。開店と同時に入れば、あまり女性客に出会わずに済む。
今のバーナードは制服も着ていないし、装備もつけていないから、まだ威圧感が少ない。これなら必要以上に店員を威嚇しないだろう。店の迷惑にはならないはず。
はずだったのに。
まさかの早朝から行列である。
バーナードは広い肩を落とした。
それでも行列は昼間より少ない。女性に交じって並んでみようか。
諦めてこのまま職場に向かってしまおうか。
迷いは体に表れ、ふらふらと揺れる。
バーナードは超がつく優柔不断でもあった。
「あの」
「うぇっ?」
後ろから声をかけられ、バーナードは飛び上がった。
声をかけてきたのは、小柄な女の子だった。ふわふわとボリュームのある真っ白な髪の毛。大きな赤い瞳。黄色のワンピースの上から、白いコート。
可愛い。パンケーキみたいだ。苺の乗ったやつ。甘そう。そう思ってから、バーナードははっとなった。
強面のでかい男が、パンケーキ屋の前でふらふらしている。不審者である。
バーナードの額からだらだらと汗が流れた。
「あの。並びますか?」
「あ、いや。そ、そそその」
冷や汗を流してどもる男。さらに怪しい。
「違います!」
「えっ、あの」
きびすを返したバーナードは、一目散に逃げだした。
勤務時間外の早朝から騎士団庁舎に出勤しているのは、夜勤の者を除けば新人がほとんどである。
結局パンケーキは食べ損ね、いつもよりかなり早出になってしまった。こんな時間から事務仕事をする気になれず、何よりも甘いものを食べられなかったストレスを発散したい。体を動かせばすっきりするだろう。バーナードは新人団員の鍛練に加わることにした。
「次!」
「はいっ」
バーナードの一言で、木剣を持った新人の一人が歩み出る。ひきつった顔と引けた腰。
少しだけ前に置いた左足をじり、と動かすと、何かに焦ったように打ちかかってきた。振り下ろすだけの木剣を弾く。軽く弾いたつもりの新人の木剣は派手に宙を舞った。
「ち」
加減の失敗に舌打ちをして、木剣を肩に落とす。防具の上からの打撃に悲鳴が上がった。悪い、また失敗だ。
「次」
「はい……ッ」
青い顔をした別の新人が木剣を構える。木剣の先を動かすとつられてつき込んでくる。円を描くように木剣を絡めてはねると、あっけなくすっぽ抜けた。がら空きになった胴を薙ぐ。
新人の体は簡単に吹っ飛んで、ごろごろと地面を転がっていった。後ろにいた新人にぶつかって止まり、「うえぇ」とえづく。
バーナードはため息を押し殺した。心配だ。
訓練でこれでは実践ならば死んでいる。新人にも任務は割り振られるのだ。少しでも鍛えて、生存率を上げなければ。
「この程度でそれとは。全員走り込みと基礎トレーニングを二倍だ」
「はいぃ」
毎日の鍛練が己を守る。それがバーナードの信条であり経験則であった。
もちろんバーナードも一緒に走り、トレーニングをこなす。
「おはようございます、団長。今日は早いですね」
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
続々と日勤の団員が出勤し始め、夜勤の団員が仕事を終えてくる。
「おはよー。あれ? どしたよ?」
副団長のルースが来る頃には、新人の全員が疲労で転がっていた。
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