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高校生になってはじめての夏休み直前、友人の別荘に招かれて、近所のスーパーマーケットまで旅行に必要なものを買いに行った時である。
買い物前に併設されている売店のアイスでも食べようかと思ったら
「泥棒ー」
若い女性の声がした。
一体何だと思ったら、人相の悪いオッサンが、顔に似合わないファンシーな柄の鞄を掴んで走っていて、地元の公立中学の制服を着ている女の子が男を追いかけている。
ひったくりだとすぐに分かったけれど、腕力がない僕はただボーッとするだけだった。
その時である。
「すわ、盗っ人」
じいさんがそう叫びながら持っていた鞄を男の顔面めがけて投げつけて、男が倒れたところに
「この、バカ者が」
と、じいさんは杖で何度も男の体を打った。
僕をはじめ、まわりの人も被害に遭った女の子も、唖然としてじいさんと杖で打たれる「バカ者」を見ていたが、我に返った警備員とスーパー店員が「バカ者」を取り押さえ、店長がPHSで110番通報した。
駆けつけた警察官により「バカ者」は現行犯逮捕され、パトカーに乗り込む際に、よせばいいのに
「覚えてろよ、くそじじい」
と悪態をついた。
すると、じいさんは杖で顔面に最後の一撃を食らわせ、
「忘れとるわ、バーーーーカ」
と、強烈な「バカ」の駄目押し。
「バカ者」を乗せたパトカーが去った後、じいさんを称える拍手が響いたのは言うまでもない。
ローカル局の情報番組で知った話だが、じいさんは元フェンシング選手でオリンピック選考会に出てみないかと誘われたほどの実力者だったという。
御年82歳。何ともパワフルなじいさんだ。
あれから月日が経過して、僕はあのスーパーマーケット本社の財務部に勤務している。
じいさんはもう鬼籍に入ったかも知れないが、あんな大人になりたいものだと思う。
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