10人が本棚に入れています
本棚に追加
劇場を飛び出すと、そこにはもう支配人さんが待っていた。
試すような視線が私に向けられる。
「しかし、御存命の方との記憶をお一人で見られる方は珍しかったです。この方、今は有名なデザイナーになられているのですねぇ」
そこまで知ってるんだ。
何度考えても不思議な人だと思う。
でも今は、それどころじゃなかった。
私はお尻のポケットに入れていた退校書類を取り出して、封筒ごと真っ二つに破る。
さらに二つに、四つにと繰り返して、最後にゴミ箱に叩きつけせた。
振り向くと、支配人さんが楽しげに目を細めている。
「中学の時の恋を忘れられない大人って、情けない?」
「いいえ、素敵ですよ」
雨よりも、雪の降るよりもゆっくりと、支配人さんが首を振る。
ポスターだらけの廊下を抜けて外に出ると、軒先で雨音が踊っていた。
でもそれは、映画館に入った時よりも少しだけ、楽しそうに見えた。
「また、来てもいいですか」
「ええ。あなたの思い出せる範囲に私がいるかぎり、いつでもお待ちしておりますよ」
そう言って、支配人さんは柔らかな笑みをくれた。
私が彼と会ったのは、その日が最初で最後だった。
最初のコメントを投稿しよう!