死にてぇ雨なら、憧れなんて捨てちまえ

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マネシ出ひ思(思い出シネマ)」  そこは、映画館というにはあまりに寂れていて、ポップコーンの匂いすらしなかった。  入り口から微かに見えるくすんだ廊下は、その左右に古い映画のポスターが貼られている。  似たような建物は何かの資料で見たことがある。私達が生まれる前からここにあって、地域に親しまれてきた映画館なのだろう  きっと、戦争が起こるよりずっと前から。  でも── 「こんな建物、知らないけど……」  生まれも育ちも、初めての恋だってこの街で済ませてきた。  魚屋の子と付き合っていたこともあるし、美容室の子とはいっつも喧嘩をしていた。  この商店街は実家みたいなものなのに、それでもこの映画館の記憶だけが、忘れられた置き傘みたいに思い出せなかった。 「なら、映画館の前は何のお店が入っていたか覚えてますか?」  とても綺麗な声がした。  慌てて振り返ると、すぐ目の前に線の細い男の人が立っていた。 「いや、思い出せないです……」 「そうですよねー、思い出せない」  男の人がうなずく。  動作の一つ一つに色気があって、けれど目を離してしまえば顔すら思い出せないようなほど存在感が薄い。 「よかったら、どうです? ちょうどお客さんがいるので上映するところだったんです」 「でも、帰らなくちゃ」 「まあまあ。ちょっとくらいの寄り道は、していってもいいんじゃないですか?」  男の人は私を待たず、映画館の中に入っていく。  しばらく立ち尽くしてから、私もその後に続いた。  昔から商店街にあった映画館なら、なんの問題もないはずだ。
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