死にてぇ雨なら、憧れなんて捨てちまえ

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 中に入ると、映画のポスターが私を出迎える。  知っているタイトルが全くない。  個人の肖像画みたいにメインの人物が配されていて、日付と簡単な名詞だけのタイトルがほとんどだった。 「これ、いつの映画なんですか?」  隣に並んで訊ねると、男の人はなぜだか懐かしいものを見るみたいに笑った。 「色々ですよ。誰かが思い出せる範囲のものばかりね」  それからまた沈黙が返ってくる。  コップのぎりぎりまで溜めた水のようにシンと静かで、足音の他には雨とカエルの音しかない。  少し効きすぎなクーラーに二の腕を擦ると、男の人が振り返らずに言う。 「ちょうどいい。劇場の裏側、見ていきますか?」 「いいんですか?」 「ええ、どのみちその濡れ鼠の体じゃ座席にはお座りいただけませんからね」  言われて初めて、私はショーケースに映るずぶ濡れの私に気がつく。 「すみません……」 「構いませんよ。中で手拭を貸しますから」  すぐ目の前には小さな扉があって、その奥ではもう映画が始まる頃らしかった。 「さあ、僕らが入るのはこっちです」  男の人が指さしたのは、劇場よりも手前の映写室だった。  普段なら入れない場所だ。いろんな疑問よりも生まれつき強かった好奇心が勝って、私は男の人に続いた。
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