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「えっと、勝手に入ってもいいんですか?」
思い出したように訊ねると、その人はなぜだか面白そうに笑った。
「大丈夫です。今日は一組だけしかお客様をお招きしませんから」
「でも、支配人さんに許可とか……」
学校の放送室みたいな室内を進んで、窓の前で足を止める。
大きな映写機に手を置いて、男の人は得意げにタオルを手渡してきた。
「私がその支配人さんですよ」
笑顔の絶えないというよりは、笑顔の抜けきらない人だと思った。
でもその笑顔のすべてが、触れるだけで消えてしまいそうなほど脆く見えた。
思わず伸ばしてしまった手を、誤魔化すように髪を拭く。
窓の先には劇場があって、百人も入らないほどの客席の真ん中に、一人のおばあさんが座っていた。
「お客さんって、一人なんだけですか?」
「いいえ、お二人ですよ」
「え。でも、おばあさんだけですよ」
「ええ、今はね」
答えながら、支配人さんは映写機の準備を勧めていく。
手際がいい。
何かのつまみを「3」の位置まで回して足を出し、高さを調節する。私にはわかるのはそれくらいで、時々聞こえてくるボコボコという音やガタガタという音を、薄暗闇の中で感じるだけだった。
それよりもやっぱり、あの一人ぼっちのおばあさんの方が気になった。
「始まりますよ。そこ、退いてくださいね」
支配人さんが準備を終えて、映写室の照明を落とす。
一瞬の暗闇が目を焼いて、映写機の吐く明かりで視界が返ってくる。
本当に、わずかな時間だった。
何かが起こるには短すぎるはずだった。
それなのに。
私の瞳孔は、その一瞬で変わった現実から目を逸らせなくなっている。
「二人、いる」
おばあさんの隣に、スーツ姿の男の人が座っていた。
ついさっきまで、そこには誰もいなかったはずなのに。
「幽、霊……?」
「ええ。スーツの方はもう十年以上前に亡くなられています」
支配人さんの声が視界の端から届く。
「ここは思い出に形をつける映画館です。もういなくなってしまった人との記憶を大切に切り取って、映写機にかける。そこにもう会えなくなった人がいるとしたら、素敵なことだとは思いませんか?」
僕がしていることはその手伝いです、と支配人さんは言った。
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