死にてぇ雨なら、憧れなんて捨てちまえ

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 次のセッティングがあるから、と支配人さんは映写室に消えてしまった。  残された私は廊下のソファに座っている。  廊下の向こうの出口からは、砂時計のような雨音がゆっくりと時間を進めていた。  ぼんやりと眺めるポスターは、どれも誰かの大切な記憶なのだろう。  さっきのおばあさんたちの思い出は、初めて一緒にデートに行った時の映像らしい。入った時はなかったポスターに、ぎこちない笑顔の二人が写っている。  どのポスターも、そんな記憶ばかりだった。 「あらかた雨水も拭き取れたでしょう。どうぞ、お好きな席へ」  外の雨ばかりを眺めていると、映写室のドアが開いて支配人さんが出てきた。 「今日はもうお客さんがいないので、サービスです」  一度、私は廊下を見回す。  楽し気で、誰が見ても値段のつけようがない思い出ばかりだ。  でも、私には少し遠い世界の話に見える。 「お気持ちだけ受け取っておきます」 「おや、映画はお嫌いですか?」  小首を傾げる支配人さんに、私は首を振る。 「振り返りたい記憶が、なくて。思い出したくないもの、ばかりだから」  溺れるような言葉の後ろに、雨のにおいがした。
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