死にてぇ雨なら、憧れなんて捨てちまえ

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 美術部には二つ年上の先輩がいた。  アニメや漫画の話ばかりの中学の美術部では珍しく、一人だけバロック調の絵画を描いていた。  私はその荘厳な世界観が好きで、よく彼の絵を描くところを見せてもらっていた。  今思えば、それが恋だったのだと思う。  幼馴染から何となく発展するような恋ではなく、もっと盲目的な恋。気付けば私は、部活の度にその人と絵の話を聞いていた。 『君はどうして絵を描いているの?』  ある日、先輩がそんなことを訊ねてきた。  きっかけがあったとしたら、その瞬間だった。  それまでの私に、将来の夢なんて途方もないものはなかった。  絵は好きだから描いているだけで、表現したいこともない。でもそれをそのまま言ってしまえば、きっと先輩を失望させてしまうから。 『デザイナーに、なりたくて。ポカリとかのペットボトルの』  だから私は嘘を吐いた。 『嘘つきだね』  そして、見破られた。  ほんのりと古い映像の中で、あの日の通りに先輩が目を細める。 『君の描く絵はいつもバラバラじゃないか。パースとかじゃなくて、モチーフとか表現したいものに一貫性があるように見えないんだよ』  ああ、思い出した。  冷たいような、でも瞳の底で何かが燃え滾るような、静かな瞳だ。  私はその視線が怖くて、忘れたくて。そのために、あの時の先輩に認めてもらえるような絵描きになろうと思ったんだ。 『フィクションを描こうとしているのに、自分の事までフィクションにしてどうするの?』  思い出の中で、先輩と目が合う。 「うっさい、絵描きバカ……」  うるさい。知ったもんか、そんなこと。  憧れも、劣等感ももういらない。悲しさや苦しさから目を逸らさなくていい。  自分をフィクションにしてしまったのなら、ここからノンフィクションを目指せばいいだけの話じゃない。 「今にその喉笛噛みついてやるから、覚悟しとけよ!」  私はスクリーンに中指を突き立てる。  そのままフィルムが終わるより前に劇場を後にした。
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