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最初の料理
少女は悩んでいた。魔王城の大広間にある自分の玉座の上に座りながら、頭を抱え丸くなっていた。
(どうすれば良い…)
城内はとても静まり返っていて、誰も居ないのではないかと思うほどであった。
(どうすればこの状況から抜け出せるのであろうか)
ここ最近少女は一つの大きな問題に頭を悩ませていた。しかし、今の魔界ではその問題を解決するすべが全く持ってないのである。出来たとしても人間界を牛耳無ければまず無理である。そういう意味で少女は人間が嫌いであり羨ましいものであった。
今では先代の魔王である父が引退してしまった事により、その娘である彼女が今の魔界の王であり守護者である。
少女は物心つくときからこの悩みをずっと心に秘めていた。
その悩みとは…。
魔界の飯が激マズだということだ。
この悩みこそ、今魔王となった彼女が最も優先して改善したいことである。
しかし、改善しようと思っても自分には料理の知識がっ全くない、それどころか魔界には腕の良い料理人が一人としていない。
今までに食べてきた物でまともに食べれたものなど、父と共に城下町を散歩に行ったときに道端にあったとある樹の実だけである。
そして、魔王の私ですら食べられた物ではない物を食べているのだ。他の魔界の庶民は一体何を食べているのだろうか。想像しただけでも今朝食べた、あのベヒモスの汚物のような味が口の中に蘇って来て、今にも吐きそうだ。
(やるしか、ないのか︙︙)
他に方法がない上に安全かつ不安な賭けだが、それしか思いつかない。
(ええい。いつまで悩んでいてもしょうがない)
思いついたら即実行、父の口癖だ。
少女は玉座から降り立つとその場に立ち止まり、祈るかのようにその場で手を組む。その瞬間、彼女を中心に大広間全体に広がるように美しい魔法陣が浮かび上がる。魔法陣は穂のかに優しく光り出す。
これから始めることは殆ど運試しと言っていい程のことだ。何が出るかわかった物ではない。
それでも、これに賭けるしかないしかない。この、魔王の家に古の初代魔王の時から代々伝えられた秘伝の「異界人召喚術式」を
*****
男は悩んでいた。店のキッチンルームにある銀色の丸椅子の上に座りながら、頭を抱えて丸くなっていた。
(どうしよう…)
店内はとても静まり返っていて、流しの蛇口から滴る水の音しか聞こえない。
(どうすればこんな状況から抜け出すことができる)
ここ最近男は大きな問題に頭を悩ませていた。しかし、今の自分じゃその問題を解決する術が全く思いつかなかった。あったとしても、もう一度最初から修行のし直すか、この店の常連客の味覚が一気に原始人レベルまで落ちるということがなければ救われない程だ。だから男は味が少しでも変わればいちゃもんを付けてくる「常連客」が嫌いであり羨ましかった。
彼の師匠である、この店のシェフは2年ほど前に他界しており、そしてそのシェフの弟子である彼が店を引き継いだのだが、いくら彼が一番弟子とは言えシェフ本人ではないことには代わりはない。だから味も多少は変わってしまっている。その所為なの一年半前から客足が少なくなり、店員も跡を絶つばかり。今では自分を合わせて数名といったところだろうか。
そんな状況に立っている男の悩みとは……。
「店を畳むか」と言うことだ。
このままでは売上も悪くなる一方でどうしようもないし、しかし畳んでしまえば今までの苦労と時間が水の泡になるし、何より一人でこの店を立ち上げ自分に時間を使ってここまで面倒を見てもらった師に報いることが出来ない。
しかしもうどこにも道はない。
……、
…………、
………………。
(あああ!もうどうでもいいや!)
男はすべて投げ出すように、丸くしていた体を開放し後ろにある流しの縁に体をあずけるようにダラしなく寄り掛かる。
男は怠惰であった。
全文に書かれていたことは全て建前で、最初から男は店のことなんてどうとも思ってもいなかったのだ。
だが、悩んでいたことに対しては事実で、それは「店」に対してではなく自分の「立場」のことでだ。
客足が減ったことに対しても、店員が去っていくのに対しても、何一つ対抗策すら考えてもいなかった。ただひたすらに、なんで自分がこんな状況に立っていなくてはならないのかと、なんで師匠は俺なんかを次代シェフに選んだのかと、そんな師は馬鹿だったのではないかと自らの師を心の中でだが馬鹿にもしていた。
ただ自分は趣味で調理師になっただけなのに、ただ料理だけしているだけで良かった。それなのにいらない責任や立場という厄介な物がついてきてしまった。
それがどれだけ面倒でストレスの貯まることなのかは、この一年半やってきて直ぐにわかった。新しいメニューを考えたり、季節限定スイーツなんかも考えたり。一番つらいのが、常連客に昔からこの店が出されている料理の味が違ったときにシェフとして呼ばれ、金だけ払って食っているだけで、同じ味を出すための苦労も知らないクソジジイやババァ共から何時間ものの説教食らって、ヘコヘコと謝罪とともに頭を下げ続けると言う鬼畜な日々。もう懲り懲りだ。
(あっ、そうだ!)
男は、「なぜ今まで気付かなかったのだろう」と言うかのようにその場で勢いよく立ち上がると、決意を決めたのか拳を天に向けて振り上げると一言声高らかに叫んだ。
しかし、男は知らなかった。彼の足元には魔法陣が広がっていて、魔法陣は強い光を発光しながら今まさに男が召喚されている寸前だということに。
「俺は今日から、…………!!!」
❂❂❂
魔法陣から出る強い光に目を細める少女。
光の強さが弱まったときに少女はゆっくりと目を開け、異界人の召喚に成功したか確かめる。
事実召喚は成功だった。
少女の目の前には拳を天に向けて上げ、やる気に満ちた顔で立ちつくす男が一人。男の外見は細身だがそれなりに筋肉があり、顔立ちはよく、髪は少し長く下の方で束ねていた。服装は白色のコックコートにエプロンと言ういかにも料理人の姿をしていた。その男は召喚されてすぐにこう叫んだ。
「俺は今日から、シェフなんて辞めてやる!!!」
それを聞いた少女はポカンとして声をかけるタイミングを見逃してしまったのであった。
☬☬☬
「俺は今日から、シェフなんて辞めてやる!!!」
そう!俺もう金輪際料理なんてしない。今度は俺の自由に生きて、責任なんてとることのない素晴らしい生き方をしてやる。
俺の家は代々小料理屋で、小さいころから料理や食に関して言われ来た。だからこそジャンクフードすら食べたことがなく、そういう物に憧れて一度食べてみたかった。
だから、俺は今日からたっぷりジャンクジャンクしてやる!インスタントラーメン!カップ麺!缶詰!冷凍餃子!ポテチ!うみゃぇい棒!etc.!
んんん!いいねぇ。食べたいものが多すぎるぜ。
あ、そうだ。この後の就職先何処にしよう?
サラリーマンとか?いやいや、今の俺じゃ無理だろ。
んんん…。
まぁ、そこんとこはあんまし考えなくていいか。こう見えてめっちゃ稼いで貯め続けた金があるし。
うぉしゃあ。そうと決まれば今日からの俺はフリーターじゃああ!
そして俺は勢いよく閉じていた目を開く。そして驚くのだった。目の前に広がる光家に。
そこは、俺の知る俺がさっきまでいたはずのキッチンロームではなく、古びた石造りの天井に埃っぽい空気。白く光る蛍光灯ではなく、朧げにオレンジ色にゆらゆらと照らすランタン。そして、足元で薄く発光する何らかの魔法陣?らしき物。
気は目付けは目の前に立つ、気品のあるドレス姿の鹿のような角?の生えた少女だ。
……。
え……?
どこ、ここ?
全然知らないんだけど、この天井。
なんでココ、こんなに薄暗いの?
それに何、この足元に浮かんでるやつ…。どう見てもこれ。あれじゃん。なんだっけ、あの学生の時に流行ってたアニメで出てきたやつ。ええっと…魔法、陣?だったけ?
え!じゃ何、これはあれか?俺まさに今、異世界召喚だったか。あれされたの!?
いや、可笑しいよ。普通あれでしょ?高校生とか、引きこもりやニートがこういう事になるのが王道ってやつじゃないの。なんであと数年で三十になるおじさんがこんな事になるわけ?俺はブラック企業になんか就職してないし事故にも合ってないよ。普通の三ツ星レストランのコックだよ?いやまて、三ツ星レストランは普通じゃねぇわ。うん。
あれ?まって。俺、なんか中二病ぽい。
「何をボーっとしておる。誰の前に立っているのか、わかっておるのか?」
突然角の生えた少女に声をかけられ、俺は思考と混乱の海から打ち上げられた。
俺は少女の方へ顔を向ける。視界の端で見えていた程度だったが、ちゃんと見てみると良く整った可愛らしい顔をしている。ドレスもかなりの代物だということは俺にでもわかる。そしてそれが彼女のくらいの高さを表していることも。だが、体のラインはそれなりに良いが、育つところは全く育っていなかった。全くもって貧しいお胸である。って、何考えてんじゃああい。
「おい、聞いておるのか!」
少女は怒りだしたので、俺は何かを言おうと少しだけ考える。
何を話せばいいのだろう。よくわからない。ここは減り下った話し方の方がいいのか?いやでも、俺の方が被害者じゃね。だって、一方的に召喚されてたんだし。俺がわざわざ減り下る必要がない。だからこそ上から目線だ!ここで見下されたままでいることは、俺の性格と本能が許さない。
「おい、お主よ!何とか…!」
「おい、初対面の人に物をいうときは、まず自分の名を名乗ってからにしろって、親に言われなかったか。角っ子少女」
俺が強気でそういうと、少女は俺がこんなにも強気で来るとは思わなかったのか。少しけビクつくと、ごめんなさい」と聞こえるか聞こえないかぐらいの声でつぶやき固まってしまった。しかし少女は少しだけ落ち着きを取り戻したのか、ずれたドレスを直し姿勢を正すと俺を真正面から見つめる。
「我の召喚に応じし異界の民よ」
「いや、別に応じたわけじゃねぇから。強制的に拉致られただけなんだが?」
「あぅ、っと違う違う。んっん、我の名はレーネ・ヴィアージュ・ネヴィル。現魔王にして、先代クラウ・ヴィアージュ・ネヴィルの娘である。我はそなたにお願いがあるのだが、聞いてはくれまいか?
「…︙︙。」
そこまで言われたとき、俺はカチンと来た。なんで俺が強制的に呼び出されて、見ず知らずの女の言うこと聞かなきゃならないのだと。こんなことは間違っている。だって俺には、彼女の願いを聞く義理はないのだ。そう間違っているのだ。だからこそ俺は、彼女に正しい頼みごとの仕方を教えてやらねばならない。
人に頼み事をするときは、まず自分もそれなりに頼み事をする相手に対して対価を払わなければならない。そうでなければ割に合わないし、相手方が損をするだけになってしまう。そんなのは可笑しい。だからこそ言技に「Give and Take」または「持ちつ持たれつ」と言う物があるのだ。そんな事も知らない彼女は、さぞお父様や家臣たちに守られて育ったのだろう。
「えっと、主よ︙」
「お願い事がある、だったか。素直に言わせてもらえば、『嫌だ』だ」
「っ!」
「なんで俺が、無償で初対面のあんたから急に出されたお願いを聞かなきゃならないんだよ。不公平だろ、そんなの。だから俺は聞かない」
こうでも言わないと、きっと彼女は気付かないだろう。報酬や見返りがなきゃ、人は動かないし言うことも聞かないことを。俺から言ってやることもできるが、そんな事したら自分で考えることをなくしてしまう。自分で答えにたどり着かなきゃ意味がない。さぁ、どう来る。お姫様。どうやってこの超自分勝手おじさんを納得させる。
「︙︙。わかった、良いだろう」
お、なんか期待できそうな雰囲気醸し出すじゃねぇか。
「貴様の欲しい物を何でもくれてやろう!さぁ、なんとか申してみよ!」
ひゃっはー、待ってました!そのお言葉!
へへへへへへ、やっぱりまだ青二才だったな。人との交渉に慣れてない財力と地位しかない半人前の王は、いつどこでだってそう言うのさ。残念な奴だよ、まったく。チョロすぎて呆れちまうぜ。おっと、危うく顔に出るところだったぜ。
俺はそう、心の中で彼女を下に見下しながら欲しい物を考える。しかし、そんなに考えることもなく欲しいものはすぐに決まった。
「そうだなぁ、ならばこれらを頂くとしよう。いいか、一度しか言わないから良く聞けよ」
俺はそう言い放つと、一度大きく息を吸い、勢いよく少女に向かって人差し指を突き出す。
「俺に、ありとあらゆるジャンクフードを貢いでくれ!」
俺は一生で一番のキメ顔と共にそう言い放つ。
「︙…。」
少女基レーネは何も言わなかった。いや、言えなかったと行った方が正しいだろう。
レーネはポカンとした様子で、ただ俺を見るだけである。
︙︙。え?なんで何も言ってくれないの?俺そんなマズイこと言った?
「︙︙。ああっと、すまない、突然何を言われたのかわからなく戸惑ってしまった。その、なんだ、じゃんくふーどだったか?それは食べ物なのか?それだったらすまない、ウチにはそのような物はないのだ。悪いが他のものにしてもらえると嬉しい」
俺は無言の続く時間が耐えきれず、自分の中に不安感が生まれだした頃、レーネがやっと口を開いたと思いきや、それは願い事の変更を要求するものだった。
え?ジャンクフード、この世界にないの?
異世界ファンタジー好きの人が聞いたらキレ出すほどに、俺はこの異世界に対して甘い考えでいたことに今更ながら気付くことになった。
「え?じゃ、じゃあ、インスタントラーメンは?」
「悪いがない」
「カップ麺は?」
「ない」
「缶詰は」
「ない」
「冷凍食品」
「ない」
「ポテチ!」
「ない!」
「うみゃぇい棒!!」
「ないと、言っておるだろうがぁ!!」
「ぐばふぉあ!」
諦め切れず、俺が何度も無い物を連呼した所為か、俺はキレ始めたレーネから強烈な拳を喰らい後ろの方向へうつ伏せの状態でぶっ倒れた。
夢に描いていたジャンク生活は今このときに終わった。
そして俺は、そのショックと殴られたときの衝撃により、倒れたまま立ち上がることができなくなった。正確には立ち上がる気力がなくなってしまったのだ。
「先程から何度言わせればいいのだ!無いものは無いのだ、仕様がないであろう!」
レーネは鼻息を荒くして、とてもお怒りであることが見ないでもわかる。
何というか、本当にごめんなさい。
落ち着きを取り戻したレーネは、ぶっ倒れてかなりの時間が立っても、俺が立ち上がる気配がないのに気づいたのか、やりすぎてしまったと思い、血相を変えてこちらにゆっくりと歩み寄る。
レーネが俺から二三歩離れたとこまで来たとき、俺はゆっくりと口を開いた。
「比例の言葉なんていらない︙。もう、放っておいてくれ」
もう全て、全てがどうでも良くなってきた。
ジャンク生活も、彼女とのやり取りも、今までの自分の生き方も、全てがくだらなく見えた。だって、どうせこのまま帰ることはかなわないのだ
というか、今更だけど力強くない?
そんな細い体のどこから、あんな馬鹿げた力が出せるのだろうか。お陰で、 俺の左頬は驚くほど腫れ上がって少しでも何かが触れるだけで痛いんだけど。別にどうでもいいけどさ。
レーネは何か言おうとするが、こんな俺の姿を見て言う気が薄れてたのか、押し黙り俺に背を向けて何処かへと行こうとする。
その時だった、急に俺の腹が大きな音を立てて鳴り出したのだ。おなかが鳴った事によって、今まで気にしていなかった空腹が俺に襲いかかってきた。
「あ、ごめん、前言撤回。やっぱり、放っておかないでくれる。腹減って死にそう」
そして、先程カッコつけて言ったセリフを、すぐさま前言撤回した事による恥じらいでも死にそうだ。
でも仕方がなかった。もう腹の空きようが度を超えていて、我慢なんて出来なかった。
ふと、レーネからの視線が気になり、方向転換も踏まえてレーネの方を見ると、彼女はとても可愛そうなものを見るような目をしていた。
「飯くれ、そしてその目をやめろ」
「︙︙。」
「あの~、レーネさん?」
「あ、ああ、すまない。つい、な。だが、お前に飯をやることは出来ない」
レーネにそう言われ、俺は絶望しそうだった。
「頼む!後生のお願いです。この際なんだっていいんだ。そ、そうだ!頼みごとがあるって言ってたよな、なんか食わせてくれるなら、その頼みを引き受けてやる。だから頼む!なっ」
俺は虫のようにレーネの方へ這い寄るりながらぐいぐい行くと、レーネは少し後退る。
そして、何故か知らないが彼女の顔色がどんどんと蒼褪めていった。無理に笑顔を作っているみたいだが、その笑顔は完全に引きつっていたて、逆に怖かった。
え、そんなに俺に飯を奢るのが嫌なの?なんで?
「そ、そんなに、ここの飯が食べたいのか?私からすれば、止めたほうが良いと思うのだが」
「頼む、この通りだ」
俺はレーネの目の前で、生涯で決してしないと思っていた土下座までもした。しかも、ただの土下座じゃない。ちゃんと正式な正しい姿勢でのGOD OF DOGEZAだ。
俺の美しい土下座を見て根負けしたのか、レーネは苦笑いを浮かべてこう言った。
「何が出ても知らんからな」
と。
*****
それから俺は、レーネに案内されて、現在食堂にいる。そして飯が出来るのを、今か今かとワクワクしていた。
なぜなら今日初めて、魔王が常日頃食べている料理を食べさせて頂くのだ。
一体どんな物が出てくるのだろうか。魔王というのだから、一応は王族なわけで、きっと魔界でしか取れない食材を使った貴重で豪華なものなのだろう。
考えるだけで、口から涎が垂れてしまいそうだ。ぐへへ。
そんな風に妄想に明け暮れて、涎を垂らしていると。
「お待たせしました。こちらが本日のディナーでございます」
料理を持ってきたのは、普段着にエプロンをつけた前髪の長い、ちょっと内気そうな猫耳少女ちゃんだった。
でも待てよ?猫耳とかそういうのって亜人じゃなかったっけ。ここは魔界のはずだ。魔界の住人てもっとこう、厳つい感じで刺々しいイメージだったんだけど。
少女は、まずレーネからその次に俺という順に料理をテーブルの上においた。
料理を置くとき、少女の手が僅かに震えていることに、俺は少し気になった。
だがすぐにその時の気持ちは吹っ飛んでしまった、俺の前に置かれた皿の上には、料理とはいえない、いや、言ってはいけないとんでもない物が乗っていたからだ。言うなればこれは、物体Xと言ったところか。(見たら目に毒なのでモザイクを掛けさせていただきます)
「本日は魔界牛のステーキに、魔界大芋を茹でたものに、魔界草のサラダ、デザートにはマカイノミがございます」
レーネの隣りにいたメイド服姿の、ちょっとクールビューティー系な魔族の女性は淡々と献立を告げるが、俺には皿の上に載っている、どれが魔界牛のステーキで、どれがサラダなのか分からなかった。
というか、レーネはこんなもの出されて何も言わないのか!?
俺はレーネの反応が気になり、目を向けると。
「アア、アリガトウ。ヴァネット」
どうやらあのメイドさんの名前は、ヴァネットというらしい。覚えておこう。
レーネは真顔だった。真顔で黙々とその物体Xを食べていた。
なん、だと?こんな何がどれで、どれが何なのかもわからない物を出されても、微動だにしないだと!そして何故、その物体Xが食べられる。こんな腹を壊すかもしれない物を。ま、まさか、これが魔王に出す料理として普通なのか!?
……。
飯を、いや、食い物を何での良いからくれといったのは俺だ。それに、ここで食わなければ失礼かもしれない。ここは腹を括って食べるしかあるまい。
おれは、恐る恐る目の前にある物体Xにフォークを刺し、口へと運んだ。
俺は死んだ。
といっても、本当に死んだわけではないのだが、主に味覚の殆どが死んだ。
俺はテーブルの上に、倒れるかのように突っ伏して気を失ういかける。
物体Xは、それ程までに不味く、食べたら一日中吐き続けるかもしれない。
それと同意に、これを常日頃食べていられる魔王に、俺は恐ろしさを覚えた。さすが魔王といったところか。
俺はゆっくりと体を起こし、レーネの方を見ると、俺はあることに気がついた。
彼女は涙目だった。
まるで、今にも吐きそうなのに、それを堪えて表情に出さないように、作ってくれた者に気を使っているかのように。
そんな姿を見て、俺は確信を得た。この料理は、誰が食べても不味いのだ。魔王はそれを我慢して、毎日食べていたのだと。考えるだけで涙がそうだ。
「お、お前、い、いつもこんなの、た、食べてんのか?」
俺はまだ感覚が戻らない舌で、無理やり喋る。
するとレーネは不敵な笑みを浮かべた。
「ふ、ふふ、ふふふふ。どうだ?クソ不味いだろう。だから食べない方が良いと言ったのだ。私は物心ついてからずっと、こんな何なのかもわからない汚物のような物を食べてきているのだ。貴様には耐えられないであろう。それでも、食べるしかないのだ。生きるためにな」
彼女は泣き笑いをしながら、話し続けた。
聞いているこっちには、絶望しかなかった。
なぜなら、俺はこの先ずっと、これを食べなければならない。彼女の話から俺は、そう読み取れた。
「だから、一か八かの賭けに出たのだ。もしかしたら、この状況を打破してくれるかもしれない、そんな存在を求めて、私は一生の願いを込めて、あのわが魔王属の家に代々伝われし、秘伝の召喚術式を使って、お前を呼び出したのだ」
「︙︙!じゃあまさか、俺に頼みたいことって」
嫌な予感がする。
「ああ、そうだ。貴様に、我の専属料理人になってもらいたいのだ」
やっぱりぃぃ!
「見たところ、お前は元々料理人に見えるし、それなりに腕は良いのだろう?だから頼む、この通りだ!」
レーネはテーブルに手を付き、深々く頭を下げた。
だが俺は。
「イヤだ」
「っ!な、何故だ!?報酬ならいくらでも払う。貴様が望むなら、何だってやろう。だから」
「嫌だと言ったら嫌だ。俺はもう料理人にはならない。別のやつを召喚して、そいつに頼むんだな」
正直面倒だった、それに俺は、もう料理人になんかなりたくなかった。料理のために人生をかける。そんなのはもう沢山だ。俺はこれから自由に、人生を謳歌したかった。
あんな飯を食い続けなければならない、そう思うとやっても良い気はした。
でも、魔王はあの召喚術式という物で、俺を呼び寄せた。
だったら、もう一度それをやって、別のやつを呼べば良い。俺以外にも料理人は世界中にいるし、俺よりも腕のいいやつはいっぱいいる。
それなのに、『俺』に魔王の専属料理人になれだぁ?
ふざけんな。俺はもう。
「…︙出来ない」
「はぁ?」
「あの術式は一生に一度しか出来ないのだ」
「っ!」
「言ったであろう。あれは魔王の一族の秘伝の術式だと。一族の秘伝であることに、それ程の力があり、願っていた人材を呼び寄せる確率も並じゃない。だがその代わり大量の魔力を使い、一度使っただけで術式自体が使用者を拒絶する。術式と馬が合う者は何度も、魔力がある限り使えたというが、残念ながら私はそれではない」
レーネは苦しそうに、そして今にも泣き出しそうになりながら、俺に自分の抱えてきた思いを告げる。
「だから、頼む。もう、私には何も残っていない。貴様が、いや、貴方だけが頼りなのだ。だからどうか、どうか︙」
レーネは最後の最後に椅子から下りると、床に膝を付き、俺に向かって深くそして一生の思いを込もった土下座をした。
ここまでされて、俺もこれ以上拒否する気が無くなってしまった。
「︙っ、あああ、くそっ!わかったよ!わかりましたよ!!やります、やりますよ。いや、やらしてください!」
こうして俺は、彼女の頼みを引き受け、彼女直属の専属料理人となった。
*****
その後の俺は、レーネからどうして魔王の食生活がこんなことになっているのか、詳しく詳細に聞かせてもらった。
今から何十年も前、魔王がまだレーナの曽祖父が努めていたときのことだった。
一つ大きな人と魔族の戦いが起こっていた。その時の戦争を今では「第二次人魔大戦」と呼ばれ、嘗て行われた「第一次人魔大戦」とは比べようがない程、大きく長い戦いだったそうだ。
戦争は長期にわたり、約百五十年も続いたそうだ。
戦場となったところは、ほぼ魔王領であって、その所為で地は荒れ果て、池や湖までもが淀み、その地で生活出来なくなるほどに、戦跡が酷かった。
その分魔王軍の勢力は、戦いが長くなるに連れて薄れていき、終いには魔王軍の敗北という、無様な姿で戦争は終結した。
その後の魔王領は人間たちに占領されてしまい。人間に寄る進行も多くなり、その度に民たちから税金の代わりだと言い、嘲笑を浮かべた人間たちが物を略奪したり、若い女子供を誘拐したり、田畑を荒らし、農夫たちが丹精込めた野菜や香辛料など奪い、挙句の果てには植物の『種』や『苗』『球根』までも持っていかれ、今では魔王領にある野菜といえば『大芋』か『魔界草』くらいしか魔王領には残ってないらしい。
だが、全部持っていかれる前に、民たちを守ろうと軍を上げたのが、次代魔王となるレーネの祖父だそうだ。
こんな状況で軍を集めたのだから、当たり前のように勢力は人間よりも劣っていた。そして戦場に魔王自らも戦うという、前代未聞の戦となった。
しかし、魔王軍は負けることはなかった。勢力は低いけれど、兵士の一人一人がとても強かった。
人間から魔族を守るため、魔王領をこの状況から救うためにと、兵士の一人一人がその思いを胸に秘め、戦った。
もちろん兵士だけでなく、魔王自身も国一つ一人で潰せるのではないかと思うほど、それはそれは強かった。
そして、最後にはその圧倒的な強さにより、人間に勝利し魔王領を取り返し、魔族に平和と自由を取り戻したという。
「︙︙」
「そして、今に当たるというわけだ。どうだ?わからなかったところとかはあったか?」
「︙︙いや、ない。ったく、ひでぇ話だなぁ、おい」
「まぁ、否定はしないが、もう終わったことだ。仕方がない」
まったく、本当に嫌になるぜ。人間様は。
同じ人間だが、いっそのこと滅んでしまえばいいのにと思ってしまった。
「︙︙。そうだな」
「そう暗くならないでくれ、本当にもう終わったことなんだからな」
レーネは苦笑いを浮かべ名がら、同じ人間である俺に恨みをぶつけるでもなく、俺に優しく宥めるのだった。
「そ、そうだ。貴様、名はなんというのだ?色々慌ただしくて聞きそびれてしまったが」
「︙︙、アイザワタダヨシ。正確にはタダヨシ・アイザワかな。これから一生の付き合いになるんだかな、アイザワでもタダヨシでも好きに呼んでくれ」
「そうか、タダヨシか。これからよろしく頼むぞ、タダヨシ」
レーネは嬉しそうに、可愛らしい笑みを浮かべると、俺に右手を差し出してきた。
だから俺も右手を差し出して、彼女の手を握り握手を交わした。
「それでタダヨシよ。料理人に鳴ってくれたのはいいが、これからどうする予定なんだ?」
「そうだなぁ、︙んんん」
俺は唸りながら天を仰いだ。
予定と言われても、どこから手を出していけばいいか、全くもってわからない。やることが多すぎるのだ。
魔王領にある食材の把握、農作物の種類の増加。香辛料もないからどっかから取り寄せないとな。
幸いなことに肉物系はどうにかなるし、先程の話では水が淀んでると言うし、水の確保も必要だな。となると井戸を掘った方がいいな。
でも、その間の飯はどうする、絶対にこんな飯食い続けるのは嫌だしなぁ。単純に出来る物も考えないと駄目だな。
あと、調理ができるやつがもうちょい欲しいな。なんとか一人でやり受理することも出来るが、流石にそれはきついし、そうなっては俺が病気、もしくは死んだとなっては、そこでゲームオーバーだ。
まずは元々城で、調理担当してたやつとか、そこら編の奴らに料理の何たるかを伝授してやらないといけないな。
あと、俺はここのことまったく知らないし、案内役も欲しいな。レーネがずっと俺に付き添ってくれるなら、それが一番だが彼女は魔王だ。仕事も多く、付き添うこともできないことのほうが多いだろう。
︙︙︙。ん?
眉間を指で摘みながら考えていた。ふと、自分の皿を片付ける始める料理を持て来てくれた、内気な猫耳少女ちゃんと目が合う。
「っ!︙︙あ、あの、わ、私に、な、なにか︙?」
「この料理作ったのって君?」
「え、えっと、は、はい︙」
「へぇえ。ねぇ、ここで料理できるの、君だけ?」
「︙。」
「ふぅぅん」
この料理基物体Xを作ったのって、この子なんだ。
ヴァネットさん、だっけ?あのメイドさんなら、もっとできが良いの作れそうだと思うんだけど。
俺は少女に少しだけ興味を持ち、まじまじと猫耳少女を見詰め続けていると、彼女は見られているのに耐えかねたのか、二三歩俺から距離を取る。
俺は席から立ち上がり彼女に詰め寄る。
俺の行動に疑問があったのか、レーネにどうしたのかと問われるが今は無視した。
「お前さん、名前は?」
「え、えっと、サ、サラって、い、いいます︙」
「家名は?」
「ない、です︙」
サラは長い前髪に顔を隠しながら応えた。
その前髪の少ない隙間から、チラリと覗く彼女の目には恐怖と不安がこもっていた。
俺は彼女のあちこちを隈なく観察した。
やはりだ。
召喚されてから、城の使用人に何人かあっているがサラだけが異常に俺を警戒し怯えている。
見たところ、服の上からだったから全部確認はできなかったが、ところどころ古傷があった。痣の跡、切り傷、鞭のようなもので打たれた跡。
それが最近できたような物ではないことは俺にでもわかる。
疑ってた訳ではないが、城の奴らやレーネがやったものにも見えない。
もしかするとこれは︙。
「なぁ、お嬢。この子、ここに来る前どこにいたか、わかるか?」
「お、お嬢!?︙あ、ああ、サラはここに来る前は人間の所にいたんだ」
「というと?」
「奴隷だよ」
やはりか、そりゃあ警戒もするよな。だって、自分を痛めつけ苦しめてきた奴らと、同じ人間だからな俺は。
だから俺が教えてやらなきゃな、料理をするやつに悪いやつはいねぇってとこを。
俺はサラに向き直り、口元を緩めてできる限り優しい声音で話しかけた。
「お前さん、料理ができるつったよな」
「は、はい︙」
「俺もこれからこのお嬢の専属料理人になるわけで、同じ料理人として仲良くやろうぜ」
「︙︙」
「と言っても、お前の料理は食えたもんじゃないがな」
「ちょっ!タダヨシ!?」
俺がサラの作った料理について、オブラートに包むこともせずに素直に言わせてもらうと、レーネは驚きと俺を叱りつけようとする。
が、「だが」と俺は言葉を続ける。
「それと同時に、俺一人で料理をし続けるのもキツイし、特に俺はこの世界のことはさっぱりだ。だから、誰かしら案内役がいるわけだ。そこで俺は考えたんだが、サラ。俺はこれから君に料理のあれこれを手取り足取り教えてやる。そこで君には俺にこの世界を案内と共に色々と教えてくれ」
俺はサラの方へ一歩踏みより、俺から右手を差し出す。
「つまりはだ、俺の弟子兼案内役として、俺のもとに来ない?」
極めつけに、最高の笑顔を送り、差し出した手を向こうから握り返してくるのを、俺はゆっくりと何も言わず待ち続けた。
最初、サラは戸惑っていた。まるで飼い始め猫のようだった。猫耳だけに。
何か言おうとするが押しとどまり、手を出したかと思ったら引っ込めたり。
そうしている内に何時間経過したかは、俺にはわからない。ただ、彼女はまだ俺の手を握らない。いや、握れないでいる。まだ怖いのだろう。微かにだが肩と手が震えている。
それもそうか、見知らぬ人間の男が出てきたと思いきや、その男に飯をを出してやらなければならなくなり、食ったと思いきやぶっ倒れて、今度はいきなり自分へと距離を縮めてきて、勝手に喋りだし勝手に自分の弟子兼案内役になれと言ってくるんだから、俺だったら思いっきり殴って蹴りを食らわしてやっただろう。だが、彼女はトラウマがある。そりゃあ怖いに決まって︙。
あれ?今思えば俺、やってること最低じゃね?
彼女の心の弱い所にズカズカといきなり入り込んで、いかにも同情して可愛そうな君を助けてあげようとしている、お優しい人間を柄にもなく演じていただけじゃね。
あんなカッコつけた建前をつらつら並べてたけど、率直に言えばただ助っ人が欲しかっただけじゃね。
︙︙、
︙︙︙︙。
うわぁぁぁ!最低だ俺ぇぇぇ。
穴があったら入りたいぃぃぃ!
でもどうしよう、手は差し出しちゃったし、いきなりそれを引っ込めるってのも彼女にとって良くないよなぁ。え、じゃもっと話しかけた方がいいかな?それでドサクサに紛れて手を引っ込めれば︙。って、余計に悪影響だろ。もし、サラちゃんが話したがってなかったらどうすんじゃい。
あああ、もうわかんないよ。おじさん、この先どうしたらいいの?
俺は自らしたサラへの行動と言動に、恥ずかしさと罪悪感を感じ始め、頭の中がぐちゃぐちゃになって混乱状態になっていたとき、彼女は行動に出たのだった。
「あ、あの、あ、握手はまだ、こ、怖くて出来ませんが、よ、よよ、よろしく、お、お願いします」
彼女は頭を下げて、ビクつきながら俺の提案を引き受けてくれたのだ。
正直、引き受けてくれるとは思わず、意外な展開に俺は、ポカンと口を半開きにしながら数分の間立ったまま動けなかった。
「あ、うん。よ、よろしく」
やっとの事で、言葉の意味を理解した俺は、一言返すだけで精一杯だった。
自分から吹っかけておいて、なんとも花のない一言だった。
自分が惨めすぎて、今すぐにでも死にたい気分だ。
レーネはサラの両手を握ると、嬉しそうにその場でスキップをしだした。
「良かったなぁ、サラ!これでお前は更に料理が上手くなれるぞ!」
「は、はい︙!レ、レーネ様にもっと、お、美味しい料理を届けるために、が、頑張ります︙」
「うんうん、よろしく頼むぞ!」
そのテンション高い雰囲気の中に、入ることが出来なかった俺は、ただただ一方的にはしゃいでいるレーネと、それに釣られて少し嬉しそうに小さく微笑むサラを眺めながら、心の中でこう思うのだった。
喜ぶとこ、そこかよ。と
翌日
朝だ。
窓から差し込む日差しが、薄く開かれた俺の目に突き刺さる。
俺はベッドから半身を起こすと、あくびと共に大きく上に伸びをする。
また今日から仕事か。
そう思うと嫌気が差した。
重い一流レストランの看板背負って、あたり一面ギンギラギンの調理場に立ち、藍沢シェフと呼ばれる日々。 思い出しただけで腹が立つ。
俺は二度寝しようともう一度寝転がるが、視界に入った天井がいつも俺が朝目覚めたときに見る、いつもの家の天井じゃないことに気づく。
そして、俺はもうあの世界ではなく、もう別の世界にいることを思い出す。
ああ、やっとあの肩身の狭い生活から、開放されたんだな。
そう思うと、先程まであった嫌気が、嘘のように消えていった。
その代わりに、ふわっとした柔らかい気持ちで、心が満たされていた。
俺はもう一度起き上がり、今度はベッドの上から下りることが出来た。
そのままその足で部屋の扉のほうへむかう。しかし途中で壁に立てかけられた姿見の前で、一度足を止めた。
姿見に映る男の姿は、とても見窄らしい姿をしていた。
目の下には隈ができ、顎には無精髭が生え、長く手入れもしていなかった髪は、肩まで伸び乱れていた。
「そう言えば最近、ろくに鏡なんて見てなかったな」
誰もいない部屋で、俺は独り言を鏡に向かって呟いた。
歩くことを再開し、部屋の出入り口を塞ぐ大きな扉の前までたどり着く。
扉の取手部分に手をかけ、一息吸ってから思いっきり扉を開いた。
扉の向こうにあったのは、広く長い廊下が続いていた。
そこから始まる、洗面所を探すための長い旅。
まず俺は廊下をまっすぐ行くことにした。
角があれば曲がり、分かれ道があれば右に進んだ。扉があれば迷わず開けていった。
それを続けて早十分、道に迷い俺は。
︙︙。
迷子になった。
自覚してからは、自分は迷子じゃないと心に言い聞かせ、元の道を戻ろうとした。が、甘かった。
戻ろうとする度に、俺は知らない場所にたどり着いていた。
こうなっては認めるしかなかった。
俺はもう、完全に。
迷子だ。
こうなってはあまり動かないほうが得策だ。
だが、ここでずっと立っているのも辛いし、誰も通り掛からなかったら、それはそれでメンタルがすり減っていく。
段々とイライラしてきていた俺は、誰かに気づいてもらうことも兼ねて、迷惑とか関係なしに心のままに叫んだ。
「廊下、広すぎだろぉぉぉ!!!」
廊下中に俺の声だけが響き渡る。
そしてやってくる沈没。
廊下の真中で俺は孤独。
誰か助けに来る気配なし。
迷子の俺には是非も無し。
はっ!つい、暇と心寂しさで韻を踏んでしまった。
危ない危ない、いい年漕いてこんなくだらない事を、こんなところ誰かに見られたら、恥ずかしさで泣いてしまうかも︙。
「ど、どうか為さい、ましたか︙?」
急に後ろから、服の裾を引かれるのと同時に声をかけられ、ドキッとしてゆっくり振り返ると、そこにいたのは。
サラだった。
「い、いつからいたの?」
「さ、叫び声が、したので、す、すぐに駆けつけました、ので︙」
つまり最初からいた。と。
︙︙、
︙︙︙︙。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺は恥ずかしさのあまり、大声で叫びその場にしゃがみ込んだ。
俺が突然大声を出したので、ビックリしたのか彼女の体がビクッと跳ねる。
終わった、あんなところを弟子に見られたのだ。俺はこの先、サラとやっていける気がしない。
それにきっと、俺が迷子になっていると気づいているはず。
こんなんじゃ、師匠失格だ。
「あ、あの、洗面所でしたら、こっちですよ︙」
「グスン、゛え?」
サラはしゃがみ込むと、俺と目線を合わせて袖を引き俺からして右の方へ指を差す。
恥ずかしさで泣いていた俺は、サラに袖を引かれ聞き返すように彼女の指差す方向をみる。だが俺にはわからない。
「あ、案内する、ので、い、一緒に来て、ください︙」
「…︙うん、わかった」
今の俺は弱気になっている所為か、口調が園児口調になっているし、今もサラに袖を引かれながら歩いている。
サラはそんな事も気にせず、俺と歩いてくれていた。俺より一歩前を歩き、歩調も合わせてくれていた。
第三者から見たら、それはまるで「天使に導かれし幼子」のように見えているだろう。
歩いているうちに、俺は徐々に本調子を取り戻していき、今でもサラは俺の袖を引いているが、俺はちゃんと自立して歩いていた。
あんな姿を見せてしまったことに、俺は申し訳ないと思っていた。
自分よりも年下の女の子に、袖を引かれて歩いていたなんて、本当に情けない。
そう言えば、サラって何歳なんだろう?
疑問に思った俺は、気にせず聞くことにした。
「なぁ、サラちゃん」
「は、はい︙」
俺が話しかけると、サラは歩いていた足を止めて、俺の方へ振り返る。俺もそれに合わせて足を止める。
「サラちゃんて、何歳なの?」
「私、ですか︙?」
「おん」
サラに聞き返されて、俺は応えると、彼女は照れたように少し俯く。
ちなみに、照れているように、というのは俺の予想である。だって前髪で表情、全然見えないし。
「︙︙、です︙」
「え?なんて?」
「二、二十一、です︙」
「へぇ~、若いねぇ」
「っっっ︙︙!」
サラは自分の付けているエプロンを強く握る。
俺はその行為が気になり、彼女のに問う。
「どしたの?」
「っえ、えっと、あ、あの、タダヨシ、さんは、い、何歳、なんですか︙?」
「ん、名前。覚えていてくれたのか」
「っ!は、はい︙」
「いやぁ~、嬉しいねぇ。えっと、俺の歳だっけ?」
俺が聞き返すと、サラはコクコクと頷いた。
というかぁ~、名前覚えていてくれたんだなぁ~。なんかすんげ~嬉しい。
「んんん~と、二十、八?だったかな?そんくらい」
「随分若い、ですね︙」
「そう?お世辞なんていいんだよ?しなくて。ほんと、後数年でおじさんだし」
俺がそう言うと、彼女はブンブンと首を横にふる。
「お世辞じゃない、です︙!」
「お、おう」
ここまで言われてしまうと、なんか照れくさいな。
「そ、そんなことより、早く洗面所行こうぜ!」
そんな風に思っていると、空気が変な方向に行きそうなので洗面所へ行くようにしむける。
俺たちは洗面所の前まで行き、中へと入る。
洗面所の中は、思っていたより綺麗で、部屋自体が円形になっており、その中心に大きな柱のように何台ものの洗面器が円を描いていた。
俺はその中の一つの洗面器に近寄り、顔を洗うために洗面器に水を貯めようと、蛇口へと手を伸ばす。
その時、昨夜の魔王との会話を思い出し、その一部分が強く脳内で思い出される。
『魔王領の水は殆どが淀んでしまってな︙︙。』
そして、俺は蛇口へと伸ばした手を止めた。
ま、まさか、この蛇口から出る水も、淀んでいるというのか!?
く、くそぅ、じゃあ一体、何で顔を洗えば︙︙。
俺はあたりを見渡すと、とんでもないところを見てしまった。
それは、サラが何のためらいもなく、蛇口をひねり、蛇口から出た水を手ですくい、自分の顔へ当てようとしているところだった。
「な、何やってんだ!サラちゃん!いくら顔を洗いたいからって、そんな水は!」
「っっっっっっ!?」
俺は即座に彼女の後ろに回り、顔に当てようとしている手を抑えた。
サラは何事かと驚いているようだが、驚くのはこっちの方だ。
こんな薄汚れた水で︙。
薄汚れた︙。
薄、汚れた︙。
汚れた︙?
︙︙。
汚れてなくね?
俺は抑えていたサラの手の中を見る。そこには少しの濁りもない透き通った水が溜まっていた。
あれ?めっちゃ綺麗じゃん。なんで?
サラは俺が抱いていた疑問に応えてくれた。
どうやら、城内の水はレーネの開発した浄化術式によって、浄化されているらしい。
だが最大範囲は城が入るぐらいだという。
「いやぁ~、サラちゃんは物知りだねぇ。尊敬するよ」
「そ、そんな、私なんてまだまだですよ…」
「そうかい?」
何故俺はこういう時に、気が利くセリフが思いつかないのだろう。
まったく、俺は良くできた弟子を持ったなぁ。
こんなにできた娘なのに、どうしたらあんな物体Xを生み出せるのだろう?
今は朝の七時ごろ。
レーネが起きてくる三十分前だ。
俺とサラは調理場にいた。
朝飯を作るためにだ。
今回作るのはデビルポークと二頭鳥のベーコンエッグ。
魔界牛の乳と大芋、ドッコイシイタケのスープ。
魔界草と二頭鳥の卵とささみ、乾燥させて粉状にした一角山羊のチーズを使ったサラダ。
と言ったところだろう。
「サラちゃん、準備はいいかな」
「はい、お願いします…」
「っとその前に」
俺はポケットから髪留めを取り出し、サラに近寄って前髪を髪留めでわきへと寄せて留める。
前髪がなくなったことにより、隠されていた可愛らしい顔があらわになった。
「っっ!!」
「うん。これでよし!」」
「ちょっ!タ、タダヨシさん︙!?」
「料理するときは、何時もそれで頼むな」
「な、何言って︙!!」
「ほら、始めるよ、シャキッとして」
「︙はぁ、わ、分かりました︙」
「︙︙。やっぱり可愛いなぁ」
「え?い、今なんて︙」
「なんでもなぁい」
「ちょ、ちょと、タダヨシさん︙!」
*****
タダヨシ先生のお料理教室へようこそ。
TADAYOSI KITCHEN
最初これから、
『デビルポークと二頭鳥のたまごのベーコンエッグ』
・まず巻きに火をくべて、その上にフライパンを置き、熱する。
・十分フライパンが温まったら、その上に魔界牛の乳で作ったバターを乗せて溶かしつつ、フライパンの表面をバターでコーティング。
【この時、バターの量はフライパンの表面がうっすら反射するぐらいがベストな。※バターは直ぐ溶けるから火力は弱火にしておけ!】
※こうすることで炒め物をするとき、食材とフライパンがくっつく事を防いでくれる。
【今回はバターしかないからバターを使っているが、油系なら何でもOKだ。※ちなみに俺の一押しはオリーブオイル!(この世界にあるかわからないけど)】
・バターを満遍なくフライパンの表面に塗れたら、ベーコンを二枚程度乗せて焼く。香ばしい良い匂いがしてきたら、裏返してもう一面も焼く。
【このときの火力は中火がいいかもな】
・ベーコンの両面が焼けたら、火力を弱火にして大きめな卵を投入。卵白が真っ白くなったら、お水を少々。あとはフライパンに蓋をして三分待つ。
【卵が半熟なのが好きな方は、この通りにやってくれ。嫌いな方は五分待つといいぞ】
・あとは、白いお皿に乗っけて、塩を一摘みかければ、これで『デビルポークと二頭鳥のたまごのベーコンエッグ』の完成だ。
【お好みで醤油もいいぞ】
お次は、
『魔界牛の乳と大芋、ドッコイシイタケのスープ』
・まず中くらいの鍋を用意し、水を入れて強火にかける。このときに鍋の中に芋を4つほど入れておく。
【このときのポイントはあまりない。芋が茹だるまで待て】
・芋に串を刺して、すーっと刺さったら茹で上がりだ。あとはペーパーなどで擦れ、ツルンと皮が簡単に剥けるからおすすめだ。芽がある場合はがっつり取れ。あとは、ふるいとかで裏ごししてやれ。
【このとき別にマッシャーでぶっ潰すでも構わない。】
・縁の高いフライパンを用意し、弱めの中火にかけ、牛の乳を注ぎ込むみ温める。
【このとき、沸騰しないように気を付けろよ】
・温まったら、先程裏ごしした芋を加える。牛の乳と芋が馴染むように中火にして混ぜる。
【このときの沸騰しないようにしながら、混ぜてくれ】
・芋と牛の乳がいい感じに馴染んだら、火から上げる。上げたら一度こすことをオススメする。そうすることによって、口当たりがなめらかになって上品な感じに仕上がる。
【面倒くさかったら、そのままこさずに、キノコをフライパンの中へぶち込め】
・こしたら、もう一度同じフライパンに戻し、中火にかけて、ほぐしたキノコを入れる。
【最後までキノコに火が通るようにしろよ】
・あとはスープ皿によそって完成だ。
【あるなら細かく刻んだパセリなどを、のせてもいいかもしれない】
ラストに、
『魔界草と二頭鳥の卵とささみ、一角山羊の粉チーズのサラダ』
・まず、葉物を一口大に切っておく。
【一口大よりも少し大きめに切るのもありだな】
・鍋を用意し、水を入れて強火にかける。ボコボコと沸騰したら、ささみを一本(一人一本と考える)入れ、茹だるのを待つ。
【このときに、鍋が吹きこぼれないように、よ~く見ていることだな、吹きこぼれそうになったら、迷わず火の火力を下げろ。】
・ささみが白っぽくなって、仲間で火が通っていたら、鍋からささみを出し、置いておく。手で触れるくらいになったら。バラバラにほぐす。
【ささみをほぐすときは、ちゃんと冷ませよ。じゃねぇと火傷すんぞ】
・最後に切った葉物をガラス製のお皿に盛り、バラバラにしたささみを中心に盛り付けたら、仕上げに粉チーズを好きなだけかけろ。
【今回は魔王領にある野菜だけを使っているからな、ちょっと物足りないが、ある奴はミニトマトやヤングコーン、アボカドなどを盛ってもいいかもな
******
「っと、これで全部完成だ。やったな、サラちゃん」
「は、はい︙。こんなに美味しそうな物を、じ、自分で作れたなんて夢、みたいです︙」
サラは嬉しそうに俺に笑いかける。前髪がない所為か、その笑顔は俺の心も浄化させていくものだった。
料理をしている間、この笑顔は俺のものだ。誰に見せてはならない。絶対にな。
「おつかれ、サラちゃん。サラちゃんの分もあるから、皆で食べようぜ」
「は、はい︙!」
いや、ほんと可愛いな。ちくしょう!
できれば、ずっと見ていたいが、これ以上は駄目だな。
「はい、これは俺が預かっておきます」
「あっ︙」
そう言って俺は優しく髪留めを外しポケットにしまう。
サラの前髪は元のベールのように彼女の素顔を隠した。
「それじゃあ、運ぼっか。お嬢が待ちくたびれちゃうぜ」
「は、はい︙。︙︙︙さっきの髪留め、欲しかったな」
「なんか言ったか?」
「い、いえ、何も︙」
俺は三人分の料理をお盆にのせて歩く。
サラは一人分の料理をのせて俺のあとをついてきた。
本当に俺は、良く出来た可愛い猫耳弟子をもったな。
そんなことを思いながら、食堂へと料理を運んだ。
席にはまだ少し眠たげなレーネが座っていた。
「遅れて悪いな、お嬢」
「いや、良い、我もいま来たばかりだ」
するとレーネは大きく欠伸をした。
魔王なのに、はしたないなぁ。
「ほら、朝食できたぞ」
おれは料理の乗ったお盆を、少し上げてみせた。
「おおお。そ、それは食べても大丈夫なやつなのか!?」
「試してみます?」
といって、俺は彼女の前に出来立ての料理を並べる。
「では、頂かせてもらおう」
「召し上がれ」
レーネはまず、サラダを口にした。
その瞬間、彼女の口の中で新鮮なみずみずしい、魔界草の真実の味わいとささみの肉の味わいが弾けるように広がり、そしてそれを更に引き立てるような粉チーズが上手く噛み合っていた。
レーネが次に手を出したのはベーコンエッグ。
黄身の部分をナイフで傷つけると、薄い膜が切れて中から、黄金のような黄身がどろりと漏れ出す。
レーネはそれを丁寧に白身とベーコンの上に誘導し、一口サイズに切り分け、黄身が垂れないように素早く口に放り込む。
これもまた、美味かった。程よい塩加減に噛めば噛むほど卵の黄身の旨味がベーコンの肉汁と上手く溶け込んでいく。最高だ。
今度はスープ。
濃厚な芋の味にかすかに広がる牛の乳の味、そして噛むとコリコリというキノコの感触。たまらん。
一通り食べ終えるとレーネはこういった。
「タダヨシよ、毎朝これで頼めるか?」
「ん?ああ、出来るけど。そんなにうまいか?それら」
俺が昨日の夜眠りながら考えた適当な料理なのに。
「何を言っておる。こんなに美味いものを、そんなものなどと、恥を知れ。」
「なんで作った本人が恥を知らなきゃならんのじゃい」
レーネは俺のお料理を食べるのに夢中で俺の声も届いていなかった。
「も、もう我慢できません!い、頂きます!」
サラも、もう我慢の限界だったのか料理の乗った皿にがっついていた。
「んんん~~!」
どうやらサラもこの料理の虜になってしまったようだ。
恐るべし俺の腕前。
メイドのヴァネットさんも食べているが、さすがはメイド。
テーブルマナーちゃんとしている。
だが、よほど美味いのか。頬が緩んでいた。
まぁでも、その喜びは俺にもわかる気がした。
だって、あの物体Xを毎日口にしていたのだ。
そりゃあ、辛いだろうよ。
俺も一口食ったら死にかけたからな。
そんな食生活からやっと開放されるんだ。
俺だったら泣いて喜び狂っているだろう
だから今はマナーとかどうでもいい。
好きなだけはしゃげばいい。
︙︙︙。
それから少し時間が立って、少女たちはおかわりも沢山して、今は満腹で眠気が出てきたのか爆睡中であった。そのせいで全て俺が片付ける羽目となった。
まったく、無防備だなぁおい。
お腹を出して、床に寝転がる少女に毛布をかけようとするが。
「タダヨシよ、︙︙︙。この飯は美味いなぁ、︙︙︰。もうこのっ飯だけでいいかもなぁ、︙︙︙。」
突然変な寝言を言い出したので、俺はつい吹き出してしまった。
まったく、何を言っているのやら。
今日出したものなんて、俺の本気も出せていないものなんだ。こんなおままごとみたいな物で、満たせれてもらっては困る。
「これから先は、もっと泣けるほど美味い飯を食わしてやるから、覚悟しとけよ」
そのためにはまず、この世界の人間どもから、奪われた全ての食材を奪い返す。農作物の種や苗も調味料も香辛料全て。
そして、お嬢やサラ、まだそんなに共通点のないヴァネットさんに、俺の全力をかけた最高に美味いオリジナル料理を腹がはち切れるまで食わしてやる。
それが今の俺の夢で、目標だ。
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