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2 『ファンレター』
菜月(なつき)が社員として働いている芸能プロダクションに出勤すると、『菜月ちゃんへ』と書かれた手紙が二通、自分のデスクの上に置かれていた。
(これは多分、一昨日入ったばかりの鈴木君ね)
「ねぇ、鈴木君」
PC作業をしている鈴木が振り返った。
「あ、古川さん、おはようございます。古川さんへの手紙があったので、デスクに置いときました」
「ありがと。でもこの手紙、私宛じゃないの」
「え、じゃあ誰宛のですか?」
「ウチのタレントの菜月ちゃん宛のファンレター。切手貼ってないから、プレゼントの中に入れた物かもね。私の名前も菜月だから、入ったばかりの人はたまに間違えるんだよね」
「そうなんですか、すいませんでした。『菜月ちゃんへ』って書いてあった手紙が一つ古川さんのデスクにあったんで、ここに置いておけばいいのかなって思って」
「そうなんだ。ま、次からは隣の部屋のファンレターボックスに入れといて」
「はい、解りました」
菜月は二通の手紙を持って隣の部屋に行った。
(何で同じ名前なのよ!)
タレントの菜月はこの事務所に所属する前から菜月という芸名で活動していたので、そのまま使うのは当然ではあったが、長く自分ではない自分の名前宛の手紙を見続けていると、時には無性に腹立たしい気持ちになる事もある。
(フンッ、どうせ私はカワイくないですよ)
菜月は二通の手紙のうち、一通をファンレターボックスに入れ、もう一通をシュレッダーにかけた。
ドアが開く音がして、所属タレントのマネージャーの小野寺が事務所に入って来た。
「あ、菜月ちゃん」
「おはよ、小野寺君」
「明日香、もう来てる?」
「ううん、来てないよ」
「そっか…」
小野寺はタレントの菜月のマネージャーで、明日香とはタレントの菜月の本名だ。
普通はタレントを芸名で呼ぶが、小野寺はタレントの菜月が所属する前から社員の古川菜月とは長く一緒に働いているので、事務所にいる時は、古川菜月を『菜月』、タレントの菜月を『明日香』と呼んでいる。
「まだ出るまで時間あるし、明日香もすぐに来ると思うよ。外寒かったでしょ。今、コーヒー淹れるね」
「ありがと。菜月ちゃん、いつも優しいよね」
「何よ。褒めても何も出ないよ」
「解ってるよ。っと、あの……デスクの手紙、読んでくれた?」
「えっ?」
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