第二章【祟り蛇と錆びた断頭台】

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 人一人が通れるような隠し階段は長い。  火威を残していくのが不安だったが、すぐに地上の方から爆風を感じて、別の冷や汗が滲んだ。 「っ、大丈夫か、火威……」 「大丈夫だろ。……つーか、今は自分の心配しろよ」  言ったそばから頭上から崩れ落ちるような音が響く。  宣言通り、爆発で道を塞いだのだろう。辛うじて見えていた光もなくなり、俺の目にはもうなにがなんなのか判断つかなくなっていた。  こうなったらリューグに着いていくしか無い。  あとは、ここを抜けて黒羽を見つけ出し、火威と合流することが出来れば完璧のはずだ。  けれど、どれだけ待っても上から人が降りてくる気配はない。獄長や獄吏は勿論のこと……火威の気配すら。 「……っリューグ……」  余計な心配をするな。  そう言われたばかりなのを思い出し、言い掛けて言葉を飲んだ。リューグは、俺の表情から何か汲み取ったようだ。  何も言わず、言葉の代わりに俺の頭をぺしっと叩いた。 「痛……っ、おい、なんで叩くんだよ!」 「悪いなぁ。下見たら叩きやすそうな位置に叩きやすそうな頭があったもんでな」 「このやろ……っ」  暗闇の中、リューグの声がする方を睨もうとしたとき。  不意にリューグが足を止める。  そして。 「……ここだな」  すん、と鼻を鳴らしたリューグは俺を下ろした。俺には何も見えないが、やつの夜目には確かに扉が映ってるのだろう。  ろくに目が利かないこの状況、やつが離れるのが不安で咄嗟に俺はリューグの手を掴んだ。やつは無言でそれを握り返し、そして扉を押す。  瞬間、臭ってきたのは濃厚な鉄の匂い。  獣のような匂いに混じって、形容詞がたい悪臭が漂うそこに吐き気を催した。  扉の隙間から射し込む赤く照らされた部屋の中。 「……まじですげーいいセンスしてるな、あの男」  ……皮肉るリューグの顔色も流石に悪くなっていた。  黒いレースのカーテンで飾られたその部屋の中、壁に飾られたのは様々な種族の頭部の剥製だ。まんま獣の剥製のものもあれば、およそ『顔』にも見えないようなものもある。  そして部屋の中央には大人十人以上は容易に寝転がれそうな寝台があり、その枕元周囲を敷き詰めるようにやけに精巧な作りのぬいぐるみが並べられてる。  ……いや、違う、ぬいぐるみと思ったそれは生き物だ。四肢をだらんと垂らし、力なく横たわるそれらを見た俺は、あの男の能力を思い出し、ゾッとした。 「な、んだよ……これ……っこんなところに、本当に黒羽さんが……」  そう、リューグに向き直ったときだった。 「っ、伊波様!」  どこからともなく、懐かしい声が聞こえた。  聞き間違えるはずのない。低く、骨太な声は俺に安心感を与えてくれるそれだ。  咄嗟に声のする方に目を向けた。  瞬間、視界の片隅、天井から何かが落ちてくる。  巨大な泥の塊……それには見覚えがあった。  獄長のペットのクリーチャー……確か、レーガンとかいう大層な名前だったそれは、何かを頭の上に乗せている。 「伊波様、何故ここに……っ、というより、何故貴様がここにいる!!」  泥で汚れたそれは黒羽だった。  リューグの姿を見るなり、黒羽はいつもの調子で噛み付いていく。安心した……けれど、心なしかその羽毛は濡れただけではなく縮んでる気がしてならない。 「っ、黒羽さん、待ってて! 今助けるから……」 「ちょお、待てってこの脳筋おバカ!」 「貴様、伊波様になんて事を……!」  首根っこを掴まれ、強引に引き止められたとき。  黒羽がジタバタと体を動かしたときだ。リューグは「おい、毛玉」と黒羽を睨む。 「……お前さぁ、それ、もしかして、取り込まれたのか?」  そう、目を細めるリューグに黒羽は動きを止める。  取り込まれた。早々耳にする単語ではない。けれど、リューグの言わんとしたことは理解できた。  それは違和感だった。不自然な形での再会、そして、捕まったままの黒羽。蠢くレーガンに、嫌な想像が膨らむ。 「っ、不甲斐ない……気付けば、この化物に食われた後だった」  よく見れば、黒羽の体は薄い膜のようなものに包まれている。だから小さくなったように見えたのだろう。  目の前が真っ白になる。全身の血が焼けるように熱くなり思わず駆け寄りそうになったが、それよりも早くリューグに引き止められる。 「お前にあいつを助けることはできねーだろ、普通に考えて。おまけに……細胞融合体か、融合までに時間は掛かるみたいだが、これ以上待ってるとどうしようもねえな」 「っ、リューグ……」 「お前、俺との約束忘れたのか? ……助けてやるっつったろ」  何もないところから細身の短剣を取り出したリューグは笑う。  俺は、素直に驚いた。だってこの男が素直に俺に協力してくれるのが意外だったからだ。けれど、何度も身を呈して助けてくれたところを見る限り、本気でこいつは。 「……頼む、黒羽さんを助けてくれ」 「最初からそう素直に言ってりゃいいんだよ」  言い終わる前にレーガンに向かって駆け出すリューグ。  やつの手際は恐ろしいほど良かった。  躊躇なく突っ込み、レーガンの体に短剣を突き立てる。レーガンは溶け切った巨体を大きく震わせ、そして咆哮を上げた。  膨れ上がるレーガン。リューグは口を緩め、そして、突き立てたそれを思いっきり横に割いた。  瞬間、大量の砂が傷口から溢れ出す。  それがレーガンの血のように見えたのは気のせいではないはずだ。リューグはそれを真正面から被り、それでも躊躇いなく手を突っ込む。  リューグを飲み込もうとレーガンの体がリューグへと伸びる。腕を飲み込むレーガンに、リューグは空いた手で更に刃物を走らせた。  そして、浮かんでいた黒羽の体を捕らえたらしい。そのまま黒羽の体を鷲掴んだリューグは力任せに腕を引き抜いた。 「リューグ! 黒羽さん!」  地面に放り投げられそうになる黒羽を間一髪、抱きとめる。 「黒羽さん、黒羽さん」ぐったりとした黒羽さんの砂を払い、俺はその名前を呼んだ。腕の中の丸い烏は、小さな嘴から砂を吐き出した。 「っ、黒羽さん……!」 「伊波様……」  良かった、無事だったみたいだ。濡れた羽毛を裾で拭ってやる。黒羽は何度か瞬きをし、それを受け入れていた。  そんな様子を一瞥し、レーガンから腕を引き抜いたリューグは、大量の出血(血なのか?)により萎んだレーガンの体を捕らえた。  骨もない体のはずだが、へにゃりと力なく床に張り付くその体の中心辺りに浮かび上がる異物を逃さなかった。それに狙いを定め、リューグは強く短剣を突き立てる。瞬間、鼓膜が破れそうなほどの悲鳴が響く。声というよりも、それは超音波に近い。  空気が震え、振動する。塩を掛けられたナメクジのように急激に体を縮み込ませたレーガンは、二度と動くことはなかった。 「し、んだのか……?」 「この手の融合体は核さえ壊せば再起不能になんだよ。……核が一個で助かったわ、本当」  砂を払いながら、片手で短剣を引き抜いたリューグ。瞬く間に短剣は姿を消し、リューグは核と呼ばれた割れた石を更に踏み潰し、砕いた。  部屋に、空気に静けさが戻る。 「……リューグ」  俺の腕の中から体を起こした黒羽は、まだ感覚を取り戻せていないようだ。ふらつきながらも、歩み寄ってくるリューグを見上げる。  その態度から察したようだ。黒羽の言葉を遮るように、リューグは手を振った。 「おいおい、アンタが俺の名前呼ぶなんて気持ち悪いな。……まさか、礼をしようってわけじゃないだろうな。やめろよ?」 「なんだと?」 「俺は別にアンタを助けたわけじゃねえしな。それに、貸しならこいつに返してもらうから今回はチャラだ」  それはチャラというのか?  と呆れる俺を他所に、黒羽は聞き捨てならないといった様子で「どういう意味だ」と威嚇する。 「どうもこうも……こういうことだよ」  リューグの手が伸びてくる。  その指先に顎を捕らわれ、「へ」と目を見開いたのと唇が触れ合うのはほぼ同時だった。  真っ白になる黒羽、青褪める俺、一人楽しそうなリューグ。俺は、反応するよりも先に慌ててリューグの胸を押し返した。  リューグはあっさり俺を離した。 「何考えてるんだ」と唇を拭いながら恐る恐る黒羽の方を見ると、口を開けたまま黒羽はわなわなと震え……恐らくクナイを取り出そうとしたのだろう、そしていつもとは使い勝手が違う体であることを思い出し、絶望していた。 「きっ……ころ……ッ」 「く、黒羽さん……ここから抜け出せたら全部説明するから、取り敢えずひとまずここは抑えて……!」 「そーいうことらしいぞ、黒羽サン」 「貴様が俺の名前を気安く呼ぶな!!」  ……完全に玩具にされている。
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