第四章【モンスターパニック】

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「曜殿、こちらでございます」  そう、先を歩く姉妹に連れられてやってきた通路の奥。そこには普段ならば真っ直ぐ自室に帰るため通ったことのない場所が広がっていた。  磨かれた長い廊下、そして並ぶ襖。吹き抜けになったそこから下を見下ろせば、竹や桜が提灯や行灯が置かれてライトアップされてるようだ。これがまた幻想的で、つい俺は立ち止まって吹き抜けから下を覗き込む。 「わ、すごい綺麗……こんな場所あったんだ」 「ここからは京極様のための棟ですの。普段私達が過ごしてる棟とは別」 「へー……って、え?」  ……なんて? 「京極様は特別なお方だ。他の妖怪たちと同じ待遇にするわけにはいかないのだろうな」  思わず固まる俺の横、納得したように頷く黒羽に「半分正解で半分不正解」と黄桜はぼそりと呟いた。 「なに?」と眉間の皺を深くする黒羽から視線を反らしたまま、黄桜はただじっと俺を見た。 「――この学園側は京極様を持て余している」  静まり返った通路。  けれど無人ではないのだろう、下の階層ではチラホラと妖怪たちが蠢くのが見えた。 「そうか、黒羽さんも一応曜と連れてきてこられたばっかだっけ?」 「巳亦、知ってたの?」 「俺はここへは何度か能代さんの付き添いでお邪魔したことはあったよ」 「へ~……」  というか、よくよく考えたら専用の施設まで作られてるということなのか。  それってやっぱりすごい人ではないのか。でも、確か初めて会ったときは足枷つけてたんだよな。そもそも、この学園自体収容施設らしいし……。 「なあ、巳亦巳亦」 「ん? どうした?」 「……京極さんって、どういう人なの?」  今更聞けない雰囲気だったので恐る恐る巳亦に耳打ちすれば、「本当に知らなかったのか」と巳亦は笑う。 「京極様は、我らが一族の誇りであり頭領でいらっしゃいます」 「一族……? 頭領……?」 「……そうね、噛み砕いて言うのなら『鬼の中でもとーっても偉い人』ということでしょうか。ここへと連れてこられる前ときにはご隠居されていらっしゃいましたが、若いときは妖界を統一されておられましたの」 「え、じゃ、じゃあすごい人なんじゃ……」  一族、ということは京極さんとも親戚ってこと……?  頭の中で考えれば考えるほど相関図がこんがらがっていく。今更になって緊張してくる俺に、白梅は微笑んだ。 「そうです、曜殿。……しかし、京極様も大分まあるくなっております。あまり畏まられるのは好かれませんので、ふらんくでよろしいですわ」 「う、うーん……できるかな」 「曜なら大丈夫だろ。それに京極さんは確かに丸くなったよ。前々から気さくでいい人だったけどな」  巳亦のいう気さくでいい人か。能代さんのこともあるのでなんとも言えないな、と思ってるとどうやら俺の心を読んだらしい。 「待った、曜今ちょっと酷いことを考えたな」 「巳亦の友達、なんか怖い人多いからな~……」 「……それを言われたら否定はできないな。けど、気に入られたら大丈夫だ。それに、京極さんも今は大分弱体化されてる。何かあったら俺が」  と、巳亦が言いかけた瞬間、前を歩いていた二人がぴくりと反応した。そして、がきんと金属音が響く。一瞬何が起きたのか分からなかった。巳亦の首に押し当てられた刺股と薙刀、それを手にした鬼の姉妹に俺も、その場にいた全員が凍り付いた。ひっと声を上げ飛び退くアンブラの横、俺は「み、巳亦……?!」と悲鳴を上げた。 「京極様に仇なす者はここで排除する」 「おっと、穏やかじゃないな」  普段の口喧嘩がまだ可愛らしいものと思えるほどの殺気よりも更にどす黒い空気がその場に広がる。  巳亦は笑ってるが、白梅が手にしたその刺股の内側から飛び出した棘が深く刺さってるのを見て血の気が引いた。  これは冗談ではない、本気だ。  普段ならばいの一番反応しそうな黒羽さんは二人の行動に何も言わない。止めもしない。当たり前だ、という顔をしてるのを見て、慌てて俺は薙刀を構えた黄桜の手を掴んだ。 「ま、待って、ふたりとも!」 「……曜殿」 「み、巳亦も悪気があって言ったわけじゃないんだ。……そうだよね?」 「俺は嘘は吐かない。曜に危害が加わるような真似をすれば関係ないさ」 「み、巳亦っ!」  なんでそんな喧嘩腰になるのだ。  白梅が無言で追加する刺股はそのまま容赦なく巳亦の腿を貫き、そのまま壁に貼り付けにされる巳亦。「巳亦っ」と声を上げ、慌てて俺は白梅たちの間に割って入った。 「ご、ごめんなさいっ、二人とも。巳亦はこのまま帰すから許してあげて……」 「は、曜何言って……」 「あ、当たり前だろ。失礼なこと言って二人を怒らせたんだから。それに……」  このままでは間違いなく巳亦が酷い目に遭う、そんな気がして恐ろしかった。そもそも巳亦は自分の身を軽んじすぎなのだ。  そんな俺の怒りが巳亦にも伝わったらしい、「悪かったよ」と降参したように手を挙げる巳亦。 「黄桜、白梅さん……」  これで許してくれないだろうか、と二人に向き直ったときだった。いきなり足元の影が蠢いたかと思えば、そのまま紐状に伸び巳亦の腕、口を縛り上げる。「もご」と猿轡をされる巳亦に驚いていると、先程まで静観していた黒羽が俺の前に出た。 「すまなかった、二人とも。……この蛇にはしっかりと灸を据えておく。万が一のため捕縛もしておこう、だから伊波様に免じて許してもらえないか」  言いながらも黒羽の視線は鋭く、威圧感があった。俺の言うことに従え、とでもいうかのようなそんな目に思わず「黒羽さん」とその腕を引っ張るが、それよりも先に折れたのは白梅だった。 「人間らしいやり方ね、折衷案でご提案ってわけ」 「姉様」 「……あたしだって、こんなつまらない男の血なんて興味ないわよ」 「よかったわね、この子がいて」そう吐き捨てるように巳亦の体から刺股を引き抜く白梅。それに倣うように黄桜は薙刀を離す。そして、そのまま手のひらの中に吸い込まれるようにその人を殺すための凶器たちは消えた。  縛られたままの巳亦は言葉を発することはできないが、体から漏れ出ていた血液がそのまましゅるしゅると傷口へと戻っていくのを見てほっとする。 「巳亦、喧嘩しちゃ駄目だぞ。俺のためでも」  そう姉妹たちに解放された巳亦の体をそっと支え耳打ちすれば、巳亦はそのまま俺を見つめてくる。なんでだ、と言いたげな目。巳亦も素直というか、俺も段々巳亦の気持ちが分かるようになってきた気がする。 「せっかくの楽しい宴会になるんだから、当たり前だろ」  そう言い返せば、巳亦は少しだけしゅんとしてた。 「烏天狗の、その拘束はここにいる間決して解いては駄目よ」 「承知した」 「……曜殿、手間を取らせてしまいましたわね。……そろそろ参りましょうか」  こちらです、と何事もなかったように再び歩き出す白梅。その手に握られたままの刺股にヒリつきつつも、俺は「お願いします」と頷いた。どうやっても俺の声は震えてただろう。さっきから声も出てないアンブラを励ますように背中叩きつつ、俺もなんだか既に帰りたい気持ちになりつつあった。
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