涙すらも

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 人の醜さに絶望したのは、十二の冬。   世界の美しさを知ったのは、十五の夏。  人間はその身に見えない棘を纏っている。近寄るたびにそれが僕の目を、肌を、心を貫いた。  欲望、争い、侮蔑、人の何もかもに疲れ果てていた。悪意を見ることが苦痛だった。だから毎日目を伏せ、代わり映えのしない地面を眺めていた。  世界のすべてが苦しいならば、せめて関わりを断って苦痛を減らさなければならない。それをしたところで苦しみから逃れることはできないけれど、何もしないよりは幾分ましだ。そのようにして僕は生きていた。いや、じわじわと死んでいたというべきか。  その日は一時間ほどの通り雨が過ぎ、代わりに殺人的なまでの熱線が空から降り注いでいた。夏は苦しいから嫌いだ。いつものように下を向いて歩いていた僕は、無心で水たまりを跨ごうとした。  その時、何かが水面に映っていた。  くすんだ眼がそれを捉える。  それがあまりにも鮮やかなもので、反射的に上を向いた。  信じられないほど美しい空がそこにあった。  深みをたたえた濃紺の中心に、こんもりとした入道雲が浮かんでいる。空がどこまでも遠く、どこまでも広い。  ありふれた夏の風景。だが、それは僕の知る何よりも青く、何よりも白かった。自然が放つ絵の具以上の鮮やかさが、僕の萎びた心に一滴の雫を与えた。それに反応し、何かが心の底から滾滾(こんこん)と湧き上がってくる。  僕は夏空を見上げたまま、ただただ涙を流していた。未経験の情動が静かに身体の芯を震わせていた。世界は、こんなにも美しいのだ。僕はこんなものを見過ごしながら生きてきたのだ。  世界は痛いけれど、美しい。  それ以来、僕は少しだけ目線を上げて歩くようになった。
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