5人が本棚に入れています
本棚に追加
人の醜さに絶望したのは、十二の冬。
世界の美しさを知ったのは、十五の夏。
人間はその身に見えない棘を纏っている。近寄るたびにそれが僕の目を、肌を、心を貫いた。
欲望、争い、侮蔑、人の何もかもに疲れ果てていた。悪意を見ることが苦痛だった。だから毎日目を伏せ、代わり映えのしない地面を眺めていた。
世界のすべてが苦しいならば、せめて関わりを断って苦痛を減らさなければならない。それをしたところで苦しみから逃れることはできないけれど、何もしないよりは幾分ましだ。そのようにして僕は生きていた。いや、じわじわと死んでいたというべきか。
その日は一時間ほどの通り雨が過ぎ、代わりに殺人的なまでの熱線が空から降り注いでいた。夏は苦しいから嫌いだ。いつものように下を向いて歩いていた僕は、無心で水たまりを跨ごうとした。
その時、何かが水面に映っていた。
くすんだ眼がそれを捉える。
それがあまりにも鮮やかなもので、反射的に上を向いた。
信じられないほど美しい空がそこにあった。
深みをたたえた濃紺の中心に、こんもりとした入道雲が浮かんでいる。空がどこまでも遠く、どこまでも広い。
ありふれた夏の風景。だが、それは僕の知る何よりも青く、何よりも白かった。自然が放つ絵の具以上の鮮やかさが、僕の萎びた心に一滴の雫を与えた。それに反応し、何かが心の底から滾滾と湧き上がってくる。
僕は夏空を見上げたまま、ただただ涙を流していた。未経験の情動が静かに身体の芯を震わせていた。世界は、こんなにも美しいのだ。僕はこんなものを見過ごしながら生きてきたのだ。
世界は痛いけれど、美しい。
それ以来、僕は少しだけ目線を上げて歩くようになった。
最初のコメントを投稿しよう!