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時が過ぎる毎に、彼女の心は少しずつ安定していった。
一言返事をするだけだったのが、二言に増えた。
自分から僕に質問をしてくれるようになった。
初めて微笑んでくれた時、僕は嬉しさで泣いてしまいそうになった。最近気付いたのだが、どうやら僕は強い感情が涙に変わってしまうらしい。
どうすれば彼女を笑顔にできるだろうか。いつもそれを考えていた。幸い彼女と僕は感性が合うようで、彼女が好みそうなものが僕にも理解できた。ふたりで静かに過ごせる空間は、僕らの心に安寧をもたらした。人と楽しく話せる喜びは、以前の僕では持ち得ない感覚だった。
そして、ようやく春が訪れた。やっと彼女にあの花畑を見せてあげられる。そう浮き足立っていると、彼女は僕に問うた。何故、あの時助けてくれたのかと。
ずっと考えていた。僕はとても残酷なことを彼女に強制しているのではないか。羊が草を食むように、彼女の傷を食べてやることはできない。本当に相手のことを思うのであれば、あの時止めなかった方が、これ以上彼女を苦しませずに済んだのかもしれない。すべては僕の自己満足による延命だ。この棘が飽和した痛みの世界を変えることはできない。
それでも、ひとりで傷付き果てた彼女の心を、誰が癒やしてくれるというのだろう。
彼女が自分の命を大事にできなくなってしまったのなら、せめて僕は彼女を大事にしたかった。
厚かましい考えではあるが、僕は慎重にそう答えた。
ところが、彼女は目を見開いて僕を見つめていた。
その瞳に宿る虹色の光彩は、知らないけれど知っている。あの時、空を見上げた僕も、このような目をしていたに違いない。
好きです。
初めてそんな言葉をもらえたから、僕はどうすればいいか分からなかった。
ずっと人との関わりを避けてきたから、湧き上がる感情がどうにもくすぐったくて。
それでも、こんな僕でいいと言ってくれるのならば。
この先、何があっても彼女を幸せにしよう。
差し出されたその手を、僕はそっと握った。
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