涙すらも

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 彼女と過ごした春と夏は、あっという間に去っていった。  ひとりで苦しんでいる時は人生の長さに辟易したものだが、楽しい時間はすぐに流れていってしまう。だからこそ、彼女と過ごす一日一日を大事にしようと心がけた。  そんなある日、オレンジジュースが入ったグラスに、一匹の蟻が浮かんでいるのを見つけた。どこかから紛れ込んでしまったのだろう。爪楊枝で救ってやると、蟻はそそくさと去っていった。ちょこまかと走る様は、なかなか愛嬌がある。  溺れなくてよかったね。  そう考えた瞬間、天啓が僕の脳に降り立った。  最近の僕たちは、どう考えても愛に溺れている。お互い内向的な性格だから、他に友達もいない。今までそんなものを作る必要がなかったのだ。抱き合う僕らの目にはお互いしか映っていない。世間ではそれを共依存と呼んだ。  これはいけない。永遠とも思えるそれは刹那の幸せだ。心地よいそれに身を浸し続けていると、いつかは破滅してしまうだろう。  彼女の未来を潰してはならない。身を切られる思いで、少し距離を取ろうと告げた。  本当は同棲を始めたかったのだが、今の自分たちにそれは早すぎる。それをしてしまえば、僕らの世界は完結してしまう。残念なことに、この世界はふたりだけの花畑ではない。愛し合っていたいという気持ちだけでは、この残酷な世界を生き抜くことはできないのだ。
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