紫陽花の和傘

1/1
31人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ

紫陽花の和傘

キィと木製の扉が心地よく開くと、今日1番始めのお客様が来られた。 「いらっしゃいませ、ようこそ、ツナグ傘屋へ」  梅香は、木製の丸椅子から立ち上がると、軽くお辞儀をした。 お客様は、グレーのワンピースに黒い雨用パンプスを履かれた、50代ほどの所々白髪の混じる黒髪のお客様だった。 入り口の扉を前で、少し濡れた肩をハンカチで拭っている。 「急に降り出しましたね」 梅香が話しかけると、お客様は微笑みかえした。 「今年は梅雨入りが早いですね、傘を持っていない時に限って降られてしまって」 「大丈夫ですか?」 「えぇ。それに私、雨の降るこの時期が好きなので」 「私もです。雨の日に傘を使うと、素敵なご縁を引き寄せるそうですよ」 店内の色とりどり、美しいデザインの和傘に食い入るように魅入っていたお客様が、こちらを興味深そうに見た。 「ご縁を引き寄せるのですか?」 「亡くなった母がそう言っておりました。傘って雨の日にしか使わないですよね。雨は空からの贈り物で、傘を持つ人に不思議なご縁を、引き寄せるらしいです」 梅香の笑顔に自然と、女性のお客様も目尻に皺を寄せて笑う。 「ご縁を呼び寄せてくださるなんて……ぜひ頂きたいです。でも、綺麗な和傘ばかりで悩んでしまいますね」 「ありがとうございます」 女性は店内をぐるりと見渡すと、右奥に吊り下げてある傘を指差した。 「あの傘、見せて頂けますか?」 女性が指したのは、淡いピンク色の紫陽花の和傘だった。 「どうぞ」 女性は、姿見を見ながら和傘をさす。 「ピンクの紫陽花の花言葉は、『強い愛情』です」 女性は少しだけ目を見開くと、にこりと笑った。 「素敵な花言葉ですね。これ頂きます」 「有難う御座います。良いご縁が引き寄せられることを願っております」 梅香は、丁寧にお辞儀をして、お会計を終えたお客様を見送った。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!