雨音くんと苺ちゃん

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 すっきりと晴れ渡る初夏の午後。雲ひとつない空を見上げながら、俺は片耳を押さえた。  耳の奥が痛い。鼓膜に綿棒を押し込まれるような痛さだ。耳鳴りもひどい。庭先に心地よい風が吹いていくのに、飛行機の滑空音に似た響きがずっと頭の中で鳴っている。  風のにおいをかぎながら、そろそろ来るかなと思った。雨が降る前の騒々しさと甘い香りを思い出して落ち着かなくなる。  自宅の納屋で収穫用の道具を片付けていると、垣根の向こうに自転車が止まった。 「あーまーねーくーん。イチゴあるー?」  中学の体操服を着た苺が無遠慮に垣根を越えてきた。前髪が額に張りついている。自転車のかごにはスポーツバッグとテニスラケットをつみ、背中には水玉模様のリュックを背負っている。練習試合にでも行ってたのだろうか。   「こら。寄り道すんなっておばさんに言われたとこだろ」 「だって喉乾いたんだもーん。ねえねえ、イチゴ摘んできた?」 「摘むのは明日です」    汚れた手袋を外して水栓をひねると、苺が手を伸ばした。「冷たーい!」と声を上げながら俺をにらんでくる。   「なんでぇ? 耳鳴りがしたら摘みきっちゃうって言ってたよね?」  私いますっごい耳の中痛いんだけどー、と苺は濡れた手で両耳を塞いだ。俺は縁側に置いていたタオルを苺に投げてよこす。   「大雨が降る前に収穫をすませるってこと」 「何よもう。ちゃんと教えてよ~」  苺はぶつくさ言いながら縁側に座った。長年の習慣で冷えた麦茶を出す俺も甘いと思う。 「雨音(あまね)くん、今日は高校いってないの?」 「当番日じゃないから」  俺は県立の農業高校に通っている。一年の頃から様々な作物を育てているので日曜でも世話当番の日は登校しないといけない。このあたりは兼業農家が多く、クラスメイトも手入れに慣れた人間が多い。俺は農業なんていつでもできると余裕をかましていたから作業についていくだけでも一苦労だ。  苺は麦茶を一気飲みすると手の甲で口元をぬぐった。   「じゃあ今からイチゴを摘みにいこうよ」 「いきません。明日です。苺は今から塾です」 「今日も明日も同じじゃん~ケチ~」  ぷうっと頬を膨らませて苺は縁側に寝そべった。両腕を投げ出して不貞腐れるさまが、去年死んだ猫のアメにそっくりだ。  俺の家は三代続くイチゴ農家だ。二代目だったじいちゃんはおととし亡くなった。三代目の母さんと近所に住む親戚がビニールハウスと露地栽培を継いで俺も去年から手伝っている。  露地イチゴは10月中旬から苗を植え始め、寒い冬を越して5月から6月上旬に収穫する。今は収穫の最後の時期だ。 「明日の朝、摘みに来ればいいだろ」 「模試なんだもん。勉強ばっかでおもしろくなーい!」  仰向けに寝転んだまま地団駄を踏んだので笑ってしまった。中学では美少女と言われてもてはやされているのに、うちにいるときは駄々っ子のままだ。  控えめに言っても苺は可愛い。ゆるふわパーマをかけたような地毛を2つに結び、どんぐり目の間には小さな鼻がちょこんとおさまっている。母親が心配して女子高に入れたがるのも無理ない。  今度は頭痛がきた。けっこう降るかな、と空模様を見ながら苺の隣に座る。 「じゃあ模試のあとに来れば? 甘いやつを残しとくからさ」 「とびっきりのやつね!」  苺は急に体を起こすとしがみついてきた。俺も一応高2の男だし、父親にでも見られたらマズいんじゃないかと思う。さりげなく体を離そうとするも、苺はお構いなしだ。  ふんわりと甘い匂いがする。思わず髪をなでそうになったけれど、そこは自制して手を引っ込めた。
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