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プロローグ〜ヒロインが死んだ〜
クラスのマドンナが死んだ。
八乙女沙織十六歳。
おれの初恋の人だ。
えっ? 嘘だろ? だって、昨日までふつうに元気だったし。放課後、おれのほう見て、ふふっと笑ったよ?
なのに、死んだ?
「ええ、皆さんに悲しいお知らせがあります。すでに聞いてる人もあるかもしれませんが、八乙女さんが交通事故で昨日、亡くなりました。今から、一分間、黙祷を捧げます」
担任の言葉が遠い。遠いなぁ。
なんかフワフワして、夢でも見てるんじゃないかって思う。
あーあ、おれの青春、終わったわ。
高二の夏……。
*
そもそも、おれって平凡なんで、顔もブサイクとまでは思わないけど、ふつう? そのへんいると、ほんと目立たない、いわゆるモブ顔。身長もちょうどクラスの男子のまんなかくらい。
成績はとくに受験勉強しなくても公立の進学校入れたから、まあいいほうなんだろうけど、それだって私立の東大京大八割合格、みたいなとこじゃない。
ああ、スポーツは苦手だね。バスケでパスまわされたら、おれのよこをテンテンとボールがころがってくレベル。
でも、こんなおれでも、この夏休みには一大イベントが待ってたんだ!
クラスのマドンナ……いや、クラスどころじゃないね。
二年になって三ヶ月だけど、八乙女さんのことは一年や三年生もウワサするくらいの美少女だ。学園(公立だから学園じゃないけど)一の美少女! そう言っても過言じゃない。清楚系のね。長い黒髪ストレートで、ラブコメ映画のヒロイン役を独占してる若手女優にも負けてなかったよ。
八乙女さん。なんで死んでしまったんだ……。
クソッ。どこのトラッカーだ? 彼女をひき殺したの?
クラスは同じだけど、人目をひく美少女の八乙女さんとおれじゃ、釣り合わないのはわかってた。
高校入学の日、彼女をひとめ見てビビッと来たのは、たぶん、おれのほうだけ。八乙女さんはなんとも思ってないんだろう、なんてあきらめきってた。でも、期末テストの前で半日しか授業なかった日の放課後、靴箱でぐうぜんいっしょになった。
「山田くん。あれ? 遅くない?」
彼女のほうから声をかけてきた。しかも、何? おれの名前、おぼえててくれたんだ?
「あ、あの、うん。図書館によってたからさ」
「そうなんだ。参考書?」
「いや、あの、コレだけど」
おれが借りたのは『デッサンの描き方』って薄い本だ。進学校だから、美大狙いの人の要望で入れたのかもしれないな。
「山田くん、絵、描くんだ?」
「いや、あの、ちょっとだけ。ヘタクソなイラストだよ」
「わたし、美術部に入ろうかなって思ってるんだ。いっしょに入らない?」
「えっ?」
「だって、一人だと緊張するし」
ど、どうしよう? 帰宅部だから問題はない。ないけど、美術部ってほど本格的に描く気なかった。てか、ほんとにヘタクソなんだけど。
「えっと、ちょっと、どうだろ。自信ない」
「じゃあ、どんな絵が好きなの?」
よかった。話それた。見るのは好きだ。けっこう詳しいよ?
「モネの『日傘をさす女』かな。印象派はたいてい。ドガとか、ルノワールとか」
アカデミックなやつは裸体画が多いから、話題にするのに困る。
「そうなんだ。わたしはね。ラファエロ前派が好き。あの退廃的で幻想的なふんいきが好きなんだぁ」
「へえ。意外。ラファエロ前派は女の人がちょっと怖くて」
「魔性の女だもんね」
そんな美術談義で花が咲いた。夢のようなひとときだった。さらには、八乙女さんは帰りぎわにこう言った。
「じゃあ、今度いっしょに美術館に行こ? 今、イギリス水彩画展やってるよね」
「うん。行こう!」
「夏休みに入ったら。連絡するから、LINE交換してくれる?」
も、もちろん!
はあ……何? ここ天国?
こんな展開、予想もしてなかったんだけど?
おれは手をふる八乙女さんを見送ったあと、たぶん十分間は呆然と立ちつくした。
なのに……なのに!
死んだ? まだデートしてないのに? 死んじゃったって?
この世に神はない!
おれは確信したね。
もうこんな世の中、未練ないよ。
あんな美少女とこのおれがデートできるなんて、一生で一回っきりのチャンスだったかもしんないのに。いや、かもじゃない。絶対だ。もう二度とあんな好機はないんだ。だって、国民的美少女なみの美少女だったんだぞ!
そのせいだったのか。
夜中のことだ。
おれは……なんかわけわかんないことに、まきこまれてしまった。
最初は夢だと思ったんだ。
メソメソ泣きながらベッドで布団かぶってたら(泣き声聞こえたら、となりの部屋の妹に叱られる)、急におれのまわりがピカーッと怪しいグリーンの光に包まれた。
ん? なんだ、これ?
おれ、発光してる?
全身蛍病か?
とかなんとか考えてるうちに、体がグニョグニョしてきた。アウチッ! いてーよ。痛いってか、なんか骨がない! おれの体から骨がなくなったー!
強烈なめまいに見舞われ、おれは意識を失った。
問題は、そのあとだ。
ここは天国なんて、あのとき靴箱で思ったからかな? それか、あれだ! 神さまいねぇーじゃんって悪口言ったからか? 罰? 天罰的な?
ハッと目がさめたとき、おれはおかしな場所にいた。まわりじゅうが銀色の壁にかこまれてる。
えらく近未来だな、おい。
照明もLEDより自然光に近い、でも太陽光とは思えない光だ。壁には一面、計器みたいなものがついてる。
夢か。やっぱ夢か。おれ、夢見てる。
それにしても、幸せな夢だなぁ。
だって、目の前に八乙女さんいるじゃん。死んだはずだよね?
しかも……しかもだけど、服、着てないんだよな。靴下だけはいて、まっぱでおれの前に正座してる。
彼女は三つ指ついて言った。
「わたしをあなたの第一夫人にしてください」
そうかぁ。やっぱ、天国だ〜!
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