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「雨の音が、止まないんです。」  その患者、藤崎ミキハの第一声は、それだった。  21時20分。まさか今日に限って飛び込みの患者が来るとは。  閉めると言ったのに〝本日終了〟の札を出し忘れたのだろう。宮野がよくやるミスだ。  初診の患者は手間も時間もかかるんだから、追い返してくれればいいのに。  問診票を読むフリで、妻からのメッセージで埋まるスマホを一瞥し、溜息を嚙み潰す。  『早めに帰る』なんて、うっかり送るんじゃなかった。滅多に無いもんだから、久しぶりにどこかへ飲みに行こうなどと、すっかり乗り気だ。  この雨の中、わざわざ外出する気なのにも辟易するが、あのヒステリーのことだ、遅くなれば僕はまたガレージで夜を明かすことになるだろう。〝跡継ぎ〟に釣られて婿になんか入るんじゃなかった。  送り付けられる着替え候補の写真に適当な返事をしながら、渋々、問診に取り掛かる。 「それはいつ頃からですか?」 「今日で、ちょうど1年になります」  手元の紙に目を戻す。〝1年前から雨の音が止まない〟という受け答えは、問診票の記載と相違無いが、相談内容と時期以外が空欄になっているのが気に掛かった。  本人に思い当たる節が無い場合、きっかけを問う項目は手付かずで出される事も少なくないが、病歴やアレルギー、簡単なチェックリストまで空白なのは珍しい。  受付でしっかり埋めさせるようにと言ってあるのに。早く帰れなかったからって、彼女も雑な事をするものだ。
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