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「1年も前の事ですからね、記憶が曖昧でも無理ありませんよ」
カルテにペンを走らせながら優しい言葉を返すまでが、質問のセット内容だ。
単語のいくつかを書き留める作業は、電話中の手持ち無沙汰を飼い慣らす落書きにも似ていた。
トーク画面に出てくるアクセサリーやら靴の写真にテンプレートの褒め言葉を返しつつ、問診も定型文を連ねる。
「では、他に何か思い当たる事は…」
「…ません」
「…はい?」
遮る声に顰めた眉を戻して顔を上げると、患者はまだ俯いていた。
「何ですか?」
「行ってません」
「え?」
「バス停には、行ってません」
そうならそうと、先に言えよ。
久しぶりにマトモに会話できない奴が来たな。
うるさく響く雨音に、余計に苛立ちが募る。平屋は地面に近い所為か、雨の音が大きく聞こえるので嫌いだ。
眉間に皺が寄らないよう注意しつつ、盛大に吐き出したい溜息も抑えて話を進める。
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