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「…それは……大変でしたね」
思わぬオチに言葉に詰まった。見たところ、ワンピースから覗く手足に傷は無く、包帯なんかも巻いていない。
「怪我の方は、まだ病院に?」
「いいえ」
「そうですか。大事に至らなくて良かったですね」
雨の日の交通事故。幻聴の原因は決まりだ。
あとはもう少し喋らせて、いくつか薬を出して通院を促せば終わり。
事故とはいえ、大した怪我でもなかったんだろう。ここへ入ってきた時だってーーー見てもいなかったが、入ってきた時だって、きっと普通に歩いていたはずだ。
どうでもいい。さっさと終わらせてしまおう。
処方箋に記載する住所を確かめようと問診票に目を向けた時、違和感に手が止まった。
この住所ーーー以前、仕事帰りによく通っていた辺りだ。雑木林の脇の……でも、あんなところに家なんか
「病院には、行ってないんです」
急に話し出した声に、小さく肩が跳ねた。頭の中に直接響くような、嫌な声に聞こえた。
冷房もつけていないのに、寒気がする。耳の奥が軋む。患者の話がフラッシュバックする。
雨の夜。
23時過ぎ。
黒い車。
髪の長い女。
青いワンピース。
いや、違う。まさか、そんなはずは。
一瞬過った思考に、うなじに冷や汗が滲む。
息を飲んだ分、出遅れた。
僕が理由を問う前に、女の薄い唇が動いた。
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