6/12
前へ
/16ページ
次へ
「…それは……大変でしたね」  思わぬオチに言葉に詰まった。見たところ、ワンピースから覗く手足に傷は無く、包帯なんかも巻いていない。 「怪我の方は、まだ病院に?」 「いいえ」 「そうですか。大事に至らなくて良かったですね」  雨の日の交通事故。幻聴の原因は決まりだ。  あとはもう少し喋らせて、いくつか薬を出して通院を促せば終わり。  事故とはいえ、大した怪我でもなかったんだろう。ここへ入ってきた時だってーーー見てもいなかったが、入ってきた時だって、きっと普通に歩いていたはずだ。  どうでもいい。さっさと終わらせてしまおう。  処方箋に記載する住所を確かめようと問診票に目を向けた時、違和感に手が止まった。  この住所ーーー以前、仕事帰りによく通っていた辺りだ。雑木林の脇の……でも、あんなところに家なんか 「病院には、行ってないんです」  急に話し出した声に、小さく肩が跳ねた。頭の中に直接響くような、嫌な声に聞こえた。  冷房もつけていないのに、寒気がする。耳の奥が軋む。患者の話がフラッシュバックする。  雨の夜。  23時過ぎ。  黒い車。  髪の長い女。  青いワンピース。  いや、違う。まさか、そんなはずは。  一瞬過った思考に、うなじに冷や汗が滲む。  息を飲んだ分、出遅れた。  僕が理由を問う前に、女の薄い唇が動いた。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加