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「私、死んでしまったから。」
ゴオッ、と雨音が強くなった。背後の窓から押し迫るような音に、思わず左手で耳を覆う。
「え…?」
驚くほど微かな声しか出なかったのに、しっかりと耳に届いた。
喉が引き攣って、上手く息ができない。
「あの夜、急いでいたんでしょう?」
後退るように身を引くと、椅子のキャスターが鈍く鳴った。
正対する女は、ゆっくりと顔を上げる。
「私を置いて、そのまま行ってしまったんだもの」
長い黒髪の間から、相貌が覗く。
雨の夜。
23時過ぎ。
黒い車。
髪の長い女。
青いワンピース。
雑木林の脇の、抜け道。
「ねえ。先生。私の顔、覚えてますか」
あの夜、フロントガラス越しに見た女の顔が、そこにあった。
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