エンゼルケア

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「陽菜さんは、どうしてテレビの仕事を始めたの?」 「理由、ですか?」  病人の取材が始まって、1週間が経った。様々な表情を撮影して、彼の緊張も少しは和らいだ様に感じた。父親も来ず、話し相手に飢えていたのかも知れない。 「私の場合だと、親の命令ですね」 「命令?」 「命令と言うより、願望に近いかも知れません。私の母も報道関係の人で、英才教育に近い物を受けていました。友達も優秀な数人しか交際を許されませんでしたし、勉強で手を抜くと、家に入れてくれない事もありました」 「難儀な人生だね」  病人は大きな欠伸をして、目をとろんとさせた。私の人生には興味が無いらしい。 「私の人生で、私自身の判断で決断した事は、もしかしたら何も無いかも知れません。あったとしても、母に舗道された道の上での判断で、意味の無いものです」 「……何となく分かるよ。僕も、父親の言う事に逆らえた事、無いから」  部屋には沈痛な空気が流れていた。本当はこの様子もカメラに収めたかったけど、止めた。話題を変えよう。この話は私たちには効きすぎる。 「私が渡したクローバー、誰に渡すつもりだったんですか?」 「え?」  病人はきょとんとした顔で私を見つめる。 「貴方がクローバーを欲しがったの、渡したい人がいるからって言ってたじゃないですか」 「……今回してるカメラで撮らないって、約束できる?」 「……はい」 「間があったね」  右手で回していたカメラを止めると、バッグにしまった。 「はい、今は撮って無いですよ」 「……クローバー、偶に病室に来てくれる同級生に渡そうと思ってたんだ。優しい子でさ。色々なフレグランスとか買ってきてくれるんだ」 「好きな人なんですか?」 「……うん」  病人の頬がほんのりと朱色に染まっていた。 「でも、気持ちを伝えるとかはしないよ。管まみれの病人からの愛なんて、伝えても虚しいだけでしょ?」 「虚しくは無いと思いますよ。撮らせてくれるなら、協力もしますし」 「それを聞いて益々やる気が無くなったよ」  そう話した病人は、テレビを観始めた。私は何度撮ったか分からないその横顔を、カメラに焼き付けた。
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