エンゼルケア

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「寿命は、あとどれ位ですか?」 「そうだね、この夏休みが終わるくらいじゃないかな。何となくだけど、そう思う」  私と病人の会話は、いつもカメラ越しに行われていた。病人の信念や素朴な思いをカメラに収めるのは勿論だが、些細な世間話も出来る限り収めている。面会時間の殆どを私と過ごしているからか、弱音を吐く機会も増えた様に感じた。 「僕が死んだら、誰か悲しんでくれるかな」 「……父親がいるんじゃないですか?」 「陽菜さんは悲しんでくれないんだ。悲しいなあ」 「棒読み止めて下さい」  夏休みも8月に入って、蝉の声が全盛期に入っていた。風前の灯火の病人の命と、元々儚い命の蝉。何処か似ているように感じるのは、流石に感傷に浸りすぎだろうか。 「お父さんは悲しまないよ。お見舞いにも来てくれないし」 「仕事で忙しくて、来る暇が無いんじゃ無いですか?」 「そうだと良いけど」  病人の管の本数は日に日に増していた。今は明るく振舞っているけど、いつ突然死してもおかしくない。それでも明日もきっと生きてると思うのは、私が弱いからだ。 「もし、お父さんが悲しまなくて、病院の許可が下りたら陽菜さんにエンゼルケアは任せるよ」 「エンゼルケア?」 「あれ、知らないの。死化粧って奴だよ。亡くなった人の顔にお化粧して見栄えを良くするの」  病人はまだ死んでいないのに死んだ後の事を考えている。それが危ない兆候なのは、私でも分かった。 「貴方はこれから先も生きていきます。そんな未来の事を考える必要はありません」 「……やっぱり、陽菜さんは優しいね。僕に気遣わせ無いようにしてる。でも、僕はもう死ぬから、大丈夫だよ。気なんて遣わなくて」  病人の心情は正直分からない。人の心なんて表面しか掬えない。本当に心の底まで理解しようとするのなら、それには痛みが伴う。痛みを味わいたくない私は表面だけ覗いて、理解したフリしか出来ない。私は、優しくなんかない。 「ごめんなさい。どんな事を言っても慰めにならないのは分かっています。それでも、1つだけ言いたいことがあります。私は貴方の病気の回復を、心から祈っています。これだけは、本当です」 「……取材抜きで?」 「はい」  病人はニコリと笑った。私はまだ伝えたい事があったけど、喉の緊張に阻まれた。
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