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「夏休み、終わるね」
私が取材を続けて、1ヶ月が経った。病人の喜怒哀楽はあらかた撮り尽くしたし、蝉の声も少しずつ止んでいった。
「そろそろ僕も、死ぬね」
「……夏休みまでと言ったのは、何も医者が言った訳じゃ無いです。まだ死にませんよ」
「陽菜さんは嬉しく無いの?こんな所に1ヶ月も居てさ。解放されるんだよ?」
病人は笑う直前に咳き込んだ。前みたいな元気さは失われていて、顔色も更に悪くなっていた。死が、近づいている。
「取材をしている間は他の仕事に行かなくていいので、楽ですよ」
「……はは」
取材を続けていくうちに、私はどうやら彼に愛情に近い何かを得ている様だった。それは恋情と言うには違いすぎるが、遠すぎる訳でもない。
強いて言うなら、それは母性だったのかも知れない。懸命に生きる病人に、心が動かされなかったと言えば嘘になる。年下の若者を、応援するような老婆心だったのかも知れないが。
「貴方は、これからしたい事はありますか?」
カメラを回して、サインを送る。
「あ〜、えーっと……そうだね。幸せって思える瞬間がもっと欲しい……です。毎日病室で、楽しみが殆ど無いから」
「どんな事に幸せを感じますか?」
「えっと、病室でテレビを見たり、野球中継を見たり、夏の怖い話を見たり……」
病人はテレビの話ばかりしている。楽しみも少ないから、仕方が無いか。
「カメラさんと話したり、ですかね」
病人はカメラ目線でそうドヤ顔で話す。私はカメラを止めた。
「何ですかそれ。これじゃ観客の涙を誘えませんよ。もっと感動的な事を言って下さい」
私たちは笑って、もうワンテイク撮った。今度は世界の情勢やら貧困やらやけに仰々しい態度でカメラに映っていた。私は思わず吹き出して、病人は怒った。
それが私たちの、最後の会話になった。
翌日、病人は体の変調で集中治療室へ向かった。私は持ってきていた桃のフレグランスを渡しそびれてしまった。
病人は4日間、懸命に戦い抜いた。
8月31日。病人は亡くなった。
夏休みの最終日に、私たちの短い取材は終わりを告げ、病人は死人になった。
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