一 「憧れの人に会いたくて」9

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一 「憧れの人に会いたくて」9

 同窓会の受付はまだ続いていた。  私は、今、ドキドキしている。会えるという緊張と、もしかしたらドタキャンされるかもしれないという不安だ。少し顔を上げて、受付を済ます出席者の顔を見た。  私を見るこの人たちの目は、カラカラの目をしている。心が通っていない。私の存在ってものを改めて感じさせられる。  無だ。  私はこの程度の存在なんだと心が沈む。  同窓会開始十分前、私は受付名簿に視線を向けた。  出席者が残り三人分だけ受付欄が空白になっている。その中に真田さんも入っている。  やはり。がっくりと肩を落とし、視線が足下まで落ちた。  なんのために。涙が出そうになった。 「ご苦労様です。先日はありがとう」  今日、初めて私に向けた声がかかる。それも(ねぎら)いの言葉だ。  顔を上げると目の前に彼女が立っていた。 「ありがとう。来てくれて」  私の表情は自然に笑顔が作られていただろう。ほっぺたが温かくなっていく。顔が赤くなっていくのが分かる。目も輝いているはずだ。 「約束って言われたら、来ないわけにはいかないでしょ。ちゃんと守ったから。それからあのことはあとでね。じゃあね」  心の底から素直にうれしかった。彼女が「約束」と言ってくれた。私の言葉を、私の願いを、私のことを、認められたような気持ちを抱いた。彼女に一歩近づけたかも。それに、「あのこと」とは「相談・話したいこと」と言ったことだ。「あとでね。じゃあね」は続きがある言葉だ。私はキュンとした。そして彼女の背中を見つめていた。  彼女は真っ直ぐ背筋を伸ばして、スタスタと歩き続ける。まるでモデルのような感じで彼女が歩き進む。  見惚(みほ)れるとはこういうことを言うのかもしれない。  風見君が彼女に声をかけた。彼女は会釈(えしゃく)をしながらも歩は止めない。  彼女が教室に入ると風見君が私のところにやってきた。 「西内、ありがとうな。感動するわ。それに変わってねぇし。真田さん、やっぱカッケーな」  風見君が満面の笑みで私に感謝する。達成感のような、夢のゴールを超えたような、はずかしいけど共感めいた一体感を抱いた。期待しすぎだろうか。でもうれしいことには変わりない。今は素直に喜ぼう。  彼女が教室に入ると男子からどよめきのような、歓声のような、歓迎の声がわいた。  今更かもしれないが、彼女はクラスメートから興味ある存在として共通認識されていたのだ。一部のグループを除いてだけど。  私だけの「()し」のつもりが、実は一般的な、大多数のうちの一人、先頭で見つめていたつもりが、多数のファンに埋もれながら応援しているような寂しさを感じた。  ということは、中学のときは、隠れファン、チョット微妙な気分だけど。  逆方向から賑やかな声が聞こえてきた。  数名の元生徒が国代先生を取り巻いてこちらに向かってくる。 「西内さん、今日は大役をしてくれてありがとう。もうみんな集まっているのか?」  私は受付名簿を国代先生に手渡した。  国代先生は上から下の方へ視線を流し、名簿を確かめた。 「ご苦労様。あと少し頼むな」  国代先生は丁寧に頭を下げて教室へ向かった。風見君が国代先生と元々(もともと)仲が良さそうな雰囲気で話をしている。  そろそろ開始の時間が来たようだ。  風見君が名簿と会費の入った箱を(かか)えて私の所まで来たかと思えば、 「西内、ちょっとこれ頼むな。女子はまだ来てない人がいるんだろ。俺、ちょっと行ってくるから」  えっ? えぇぇぇ。何それ? ちょっと待ってよ。  と伝える間もなく風見君は教室へと駆け出していた。  ポツン。  なんじゃ、この音。  いえいえ、頭の中のことですよ。って、私は誰に言い訳してるのよ。 「まっ、いっか」ではなく、「やっぱり、こんなものか」と私は何度も頭の中で繰り返していた。
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