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 目が覚めたら夜で、大黒さんはいなかった。鈍痛だけが体の奥に存在している。お腹が空いていたけれど動けなかった。そのまま寝てしまおうと決意したとき、 「うちの蒸しパン」  と黄色いパンを持って大黒さんが立っていた。 「食べます」 「お腹すいてひとつ来ながら食べちゃった。ぶどうと豆どっちがいい?」 「ぶどう。布団の中で食べるなんて子どものとき以来」 「俺も」  今日のことを私は一生忘れないのだろう。大黒さんは忘れてしまう。それでいい。恋も愛も蒸しパンより甘くないはず。今は耳元で聞こえる声の余韻だけに浸ろう。それが嘘か真実かは少し経てばわかること。  朝になったら取材やら事情聴取やらで疲弊するのだろう。私の腹部に置かれた大黒さんの腕を撫でる。毛が濃いのに滑らか。逆撫でると感触が変わる。おもしろい人だ。今度、お笑いの台本を読ませてもらおう。 私はもう、美しくてごめんなさいとは生涯言わない。思わない。ちゃんと人生は運命の人と出会えようになっている。諦めて権力者の囲われる生活を選ばなくてよかった。愛しい人の腕は摩るだけで安堵する。残りの人生はこの人を守ってこの人にだけ愛されればいい。蒸しパンを口の中で溶かすように食べた。   おわり
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