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「俺、東京の大学に行くから」
ざあざあと降りそそぐ雨を背景に、雫はそう言った。その言葉は土砂降りのひどい雨音が聞こえなくなるくらいの衝撃をわたしに与えた。
生まれてからずっと住んでいたこの街を出ていくなんて考えたこともなかった。だから、彼がそんなこと言うなんて、本当に驚いた。わたしの世界は自転車で辿り着ける範囲で完結していたから。
ひとつ年上の雫とは付き合ってもう二年。きっかけはある雨の日のことだった。
◇◇◇
高校に入学してすぐの頃、寝坊したわたしは雨の予報に気づかずに傘を忘れて登校した。昼過ぎから降り始めた雨は放課後になっても止まなくて、下駄箱の前で途方に暮れていた。土砂降りの中、傘に入れてくれるような友達はまだいなかった。
「傘ないの? 貸してやろうか」
その声にぎゅっと心を掴まれた気がした。中学校のクラスメイトは声変わりがまだの子が多かったから、新鮮だったのかもしれない。彼の声が好きだと思った。子どもじゃないけど大人でもない。落ち着いた柔らかな声色が魅力的だと思った。
「天気予報見てなくて、忘れちゃって。でも、借りたらあなたが困りませんか?」
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