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振り返りながら返事をする。思ったよりもすぐそばで、何故だか傘を二本持って彼は立っていた。少し着崩した制服の襟に留められたバッジの色からひとつ上の学年だと知った。
「俺は平気。置き傘してるのにもう一本持ってきちゃったから。ほら、遠慮すんなって」
彼はわたしに青い傘を握らせて、自分はビニール傘を広げてさっさと帰ってしまった。呆然と立ち尽くすわたしは、ありがとうも言えないままその後ろ姿を見つめていた。靴を履きかえて傘を開く。大きくて、男の人の傘だ、と思った。少し重たくて、ちゃんとした傘だった。柄の部分には雫の絵柄のマスキングテープが巻いてあった。小指でそっと触れながら、雨の中に足を踏み出した。
途中で小雨に変わり、傘なしでも帰れそうだったけれど、わたしは両手で傘の柄を抱き締めるようにして歩いた。控えめな雨粒が傘の上で踊り、ぱたぱたと軽快な音を立てる。わたしはそのリズムに合わせて、水たまりをよけながらスキップして歩いた。
翌日、雨でもないのにその青い傘を持って登校した。名前も知らない彼の手掛かりは、学年と声だけ。顔はあまり見ていなかったから、うろ覚え。会えるだろうか。会いたいと思った。もう一度あの声を聞きたいと思った。
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