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振り返り、彼女を追いかけた。
「あ、あの!」
声をかけたときには、頭は真っ白で、何故追いかけたのかも、何故そんな勇気があったのかも分からなかった。
彼女は振り向き、僕を見た。
涙を隠しているように、なんて僕の想像だ。
彼女は、きっと涙を流すために、雨に濡れたんだ。
だれからも気付かれないように、堂々と。
そのために、あのお気に入りの傘を忘れたのかもしれない。
考えるより早く、自然と口が動いた。
「僕の傘、色がなくて」
「え?」
「透明の傘だけど、その、これ貸します」
僕は彼女に傘を差し出した。
「いつかでいいので、いつかまた会えたら、返してください」
「……これ借りたら、あなたが濡れちゃうでしょう?」
「大丈夫です。色がいっぱい入っている傘じゃなくて申し訳ないけど、あなたに使ってほしいんです」
彼女は迷いつつも、傘を受け取った。
受け取った傘をぎゅっと握ったあと、彼女が顔をわずかにあげた。
「あの、傘本当は……」
「雨に濡れる日もいいですね。雨の音がちゃんと聞こえるし、全部が雨を通して見える違う世界みたいだ」
彼女の言葉を遮るように、僕が話すと、 彼女は目を丸くしたあと、小さく笑った。
「……変な人」
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「今日、雨だって」
「じゃあ、思いっきり泣ける日だ」
隣にいる彼女をからかうと、僕を彼女は軽く叩く。
外からは雨音が鳴り響き、耳をくすぐる。
これからもずっと、隣で。
あの日から、ずっと、彼女に傘を差し出すのは僕の役目。
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