僕の役目

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 振り返り、彼女を追いかけた。 「あ、あの!」  声をかけたときには、頭は真っ白で、何故追いかけたのかも、何故そんな勇気があったのかも分からなかった。  彼女は振り向き、僕を見た。  涙を隠しているように、なんて僕の想像だ。  彼女は、きっと涙を流すために、雨に濡れたんだ。  だれからも気付かれないように、堂々と。  そのために、あのお気に入りの傘を忘れたのかもしれない。  考えるより早く、自然と口が動いた。 「僕の傘、色がなくて」 「え?」 「透明の傘だけど、その、これ貸します」  僕は彼女に傘を差し出した。 「いつかでいいので、いつかまた会えたら、返してください」 「……これ借りたら、あなたが濡れちゃうでしょう?」 「大丈夫です。色がいっぱい入っている傘じゃなくて申し訳ないけど、あなたに使ってほしいんです」  彼女は迷いつつも、傘を受け取った。  受け取った傘をぎゅっと握ったあと、彼女が顔をわずかにあげた。 「あの、傘本当は……」 「雨に濡れる日もいいですね。雨の音がちゃんと聞こえるし、全部が雨を通して見える違う世界みたいだ」  彼女の言葉を遮るように、僕が話すと、 彼女は目を丸くしたあと、小さく笑った。 「……変な人」 ******************************** 「今日、雨だって」 「じゃあ、思いっきり泣ける日だ」  隣にいる彼女をからかうと、僕を彼女は軽く叩く。  外からは雨音が鳴り響き、耳をくすぐる。  これからもずっと、隣で。  あの日から、ずっと、彼女に傘を差し出すのは僕の役目。
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