スナック雨音

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「木原、この仕事やってみてどがんや?」  カンナを手にした桃田さんが渋い声で僕に聞いてくる。僕は桃田さんと工場で木材を加工していた。 「まだわかんないです」僕は正直に答える。  高校卒業後、地元の住宅会社に就職したけどすぐに根を上げた僕は、あっさり転職した。住宅会社にいたとき営業回りをして知り合った大工の桃田さんのところに。桃田さんは口数が少なく、あまり多くを語らないけど、暗い顔の僕を見て声をかけてくれた。結果、僕は転職を決めたのだ。 「頑張らんね」 「はあ、頑張ります」  僕は曖昧な返事で誤魔化す。まだどうなるかわからなかった。子どもの頃から習い事はつづいたことがなく、あきっぽいところがあるのを僕は自覚していた。この職場もどうなるやらわからなかった。 「この仕事ばつづけるなら道具の使い方だけはちゃんと覚えんばいけんぞ」 「はあ」やっぱり僕はどう答えていいか迷いながら返事をする。  桃田さんの生まれは九州らしい。どこの県の出身だとか、どうやってこの地方に来たのかとか、くわしい経緯は知らないけど、いまだに訛りが抜けてない。頑固なところがあるから変えないのかもしれない。でも根はいい人だ。素人の僕に道具の使い方を丁寧に教えてくれる。 「今日の夜、どがんね?」  桃田さんが朴訥な口調で僕を見ている。コップを飲む仕草をしたので、きっと仕事が終わったら飲みに行こうというのだろう。僕が未成年だとか関係ない。桃田さんはお酒が好きみたいだ。あまり無駄口はきかないけど、汗をかいたときとかにビールが飲みたいとか言っていたのでたぶんそうなんだと思った。僕はお酒は飲まないけど居酒屋には前の職場で行ったことがある。これもつきあいなんだと思い、「はあ」とここでも生返事をして窓の外に目を向ける。夕方から雨が降りはじめ止む気配はない。  こんな日に誘わなくても、と思ったけど桃田さんの濃い眉毛の下に覗くつぶらな瞳で見られたら、断れなかった。僕が承諾すると、兄弟子の日村さんも誘われていた。  仕事を早めに切り上げ、桃田さんと日村さんと居酒屋に入った。地産地消を売りにしているお店で地元で取れる旬の魚の刺身やシンプルな野菜サラダがテーブルを彩った。 「焦らんでもよかけん。おいも木原ぐらい若いころにこの仕事ば始めたけん。根気よく頑張ったらできるごとなるたい」  桃田さんは頬を赤らめてもごもご言う。照れ屋なところもあって酒が入らないと多くを語らないようだ。少し酔ったのだろう。いつもより口数が増えてきた。 「とりあえず、頑張ろうと思います」それしか言えない。
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