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駅から少し離れた古びた喫茶店で、恋人を待っている私に、
「珈琲のお代わりはいかがですか?」
と感じのいい、茶髪のウェイトレスが声をかけてくる。
私は礼を云ってそれを断り、店内に流れる洋楽に耳を傾け続ける。
あのウェイトレスはこのカフェで週に三回、働いている。
私は午後、いつもこの喫茶店に来ているから分かる。
たぶんあの子は大学生くらいで、講義を終えた後でここにアルバイトしに来ているのだと思う。
彼女がカウンターへ戻った直後、自動扉が開き、濡れた傘を閉じもせず店内に入って来る客がいた。
そう、外は雨。
カウンターの中のウェイトレスは、笑って云う。
「いつもありがとうございます」
電子マネーの操作を忘れたふりして、あわよくば手に触れてこようとする中年男をさらりと躱す。
その後ろでは、今し方トイレ掃除を終えて戻って来た別のウェイトレスが、濡れた床に気づいて雑巾片手にかがみ込んだところ。
地味で目立たない黒い髪の、笑顔がぎこちない、あの子。
立ち上がって、レジを終えて珈琲を淹れる、もう一人の横顔を見てる。
愛嬌のある茶色い髪の、笑顔が愛らしい、あの子。
床を拭き終えて掃除用具を片付けに行く、もう一人の背中を見てる。
彼女たちの視線が交わる寸前の、雄弁な瞳の輝き。
私はその瞬間を見逃さない。
ほら、もうカウンターの中でやっと二人並んだあの子たち、眼でシグナルを送り合っている。
全く違うように見えて、実は最も近い存在。
あの子たちはきっと今、青春の真っ只中。
私、知っているの。
いつだったか、この喫茶店の前の道を歩いていた夜。
暗くなった店から出て来た、あの子たち。親愛と切実を込めて繋がれた、二つの手。それが私の眼を釘付けにした。
私には分かる。
あの子たちがかつての私たちと同じだってこと。
恋人よ。
今もあなた、憶えている?
あの子たちと同じ年頃の私たちは、正に二人で一つだった。
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