一つだけ。

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一つだけ。

「一つだけ、聞いてもいいか?」 浮かんでいた涙も乾き、恋人繋ぎされた手をボーッと見ているとそんな言葉が揺の耳に入った。 何を聞かれる。どれだ、どの話だ? 本当は分かっているが、揺には聞かれたくない事ばかりあるせいで、挙動不審になる。 「あの時、橋の上に立って居たな。手を広げて、笑っていたのは何故だ?自殺、しようとしていたのは何となくわかったんだ。だが、なぜ泣いているのに笑っていた?」 「え?」 自殺しようとしていた理由を聞かれると覚悟していた揺は、なぜ笑ったのかという小さな質問に素っ頓狂な声を出してしまった。 「えっと、最後の抵抗でしょうか……俺、この世界が大嫌いなんですよ。いいことなんて全然ないですし、俺のことを認めてくれる人はいませんでした。だから、最後に俺が自分のことを認めて、してやったり。みたいな…」 そう告げた途端、綺月が一瞬固まる。 が、すぐに吹き出して笑い出す。 揺は本気で言った訳では無いが、あの時に思ったことをそのまま素直に告げた。 「やっぱり面白いな、揺は。お前のそういうところが大好きだぞ。」 笑われた事にムッとしたが、頭を撫でられてそう言われれば何も言い返すことが出来なくなってしまう。 揺は、まぁいいかなんて思えてしまっていた。 「もう一ついいか?」 「一つだけ、じゃないんですか?」 咄嗟に言い返してしまい、揺はしまったと眉をゆがめる。 だが、綺月からは愉快そうに笑っていた。 「すまない、また今度聞く。ところで、今から時間があるようなら胡粉色、だったか。そんな色の家具を見に行こう。部屋に合うと言ってくれただろう」 こうして、大学をやめてすることが何も無い揺は胡粉色の家具を見に行くことになった。 だが、今の揺の面持(おもも)ちはいつもより明るい。 「ちょっと、楽しみかも。」 気を抜いてしまい、口から出た言葉を 綺月には聞こえており、綺月は揺の手を少し強く握りしめた。
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