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できる、はずなんだ。
卵も上手く割れた、火加減も完璧だった、ちゃんと計量カップで測った、焼く時間だってちゃんと時計みて測った。
じゃあ、何がダメでこうなったんだ?と揺は俯きながら考える。
「揺、出来ないならやらなくていい。お前が怪我をしないか心配だ」
「…できるし」
心配しているということを伝えようとした綺月だが、揺の心に鋭い釘が打たれた感覚だった。
傷つき、反抗するかのように言い返した揺を、綺月は目を見開いて見てわかるように反応する。
「俺だって、できる!できるんだ!出来ないならやるなって、言うなよ!俺だって、頑張ってんだから…」
綺月を見上げ、揺は止まらないものを吐き出した。
頭の中ではやめろ、止まれ、と冷静だが、揺の口は止まらることを知らない。
泣きたいのは一方的に言われている綺月の方だろうが、揺の目には涙が滲んでいた。
もうダメだ、と揺は立ち上がった。
このままだと余計なことまでこの人に言ってしまう、と揺は足を動かし玄関まで早歩きで向かう。
「待ってくれ、お願いだ…俺が気分を害すようなことを言ったのなら謝る。だから出ていかないでくれ…」
靴を履いていると後ろから足音がして、気づいたら揺は綺月に後ろから抱きしめられていた。
強い力で抱きしめられ、もがいても抜け出せない。
「帰ります、離してください」
涙を堪えながらなために、冷たく言い放ったようになってしまった。
ハッとするが、もう遅い。綺月の手は揺から離れて言った。
「…すまない。一つだけ、聞いてから帰るかを考えて欲しい。キッチンが散らかっていて、びっくりした。真っ先にお前が怪我をしていないか心配になった。料理が下手だとか上手だとかは関係ないんだ。ただ、揺が怪我をするなんて事が俺には耐えられないんだ。傷つけるような言い方をしてすまない。もう、二度と酷いことは言わないと約束する。揺のことを考えてものを言うようにする。だから、出て行かないで欲しい。だめか?」
揺の目の前にいる男は、困ったような表情で揺の事を見つめる。
その表情に嘘偽りはなさそうで、揺は靴を脱いだ。
「もう一回だけ信じてみるか」
裏切られる悲しさを知っておりながら、自分は学ばないなと思いながら揺はボソッと呟いた。
綺月はそんな独り言を聞いてはいたが、聞こえないふりをしていた。
「…できる、はずなんです。一人暮らししてきたし、家事もちゃんと出来てた。米だって洗剤で洗うことなんてないしちゃんと炊けてた。でも、それは料理って言わないですよね。米を洗剤で洗わないからって料理できる気になって…」
リビングに戻りながら、揺は独り言のように話し出す。
綺月は黙ってその言葉を受け入れるだけだった。
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