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ただいまを言いに。
着替えやらを大きなボストンバックに詰め、家を出る。
家には元々思い入れなんてなく、必要最低限のものしか置いてはいなかった。
大きなボストンバックには、勿体ないほどに空きがあった。
押し入れに入れられ埃を被らされた挙句いきなり引っ張りだされて使われると思ったらこんな少量の荷物を入れられるだけ…
「可哀想」
揺は薄ら笑いをした。
俺ではなくほかの持ち主だったならば、沢山荷物を入れて、沢山使ったかもしれない。
俺に買われて可哀想なやつ、なんて思っていた。
「何がだ?」
頭上から声がし、揺は顔を上げた。
そこには先程別れたはずの男がいた。
「…ここ、俺の家の前ですよ?どうしてこんな所に…」
「別れが寂しかった。家で待っていようと思ったが、我慢できず迎えに来た。怪我はないか?コケたりしてないか?痛いところは?その荷物を貸せ。そんなに大きい荷物を持つと腕が折れてしまう、俺が持つ。」
綺月は考える素振り1つ見せずにそう言った。
見た目ばかりなボストンバックは取られてしまう。
揺には、綺月が不思議でたまらなかった。
なぜここまで俺なんかのために動くのだろう、と。
「怪我してないですし、コケていませんよ。痛いところもありませんし…それに、それほど重いものでもないので腕なんて折れませんよ。俺も男ですし、簡単に持てますよ?」
綺月からボストンバックを取ろうと腕を伸ばすが、彼の空いている方の手が揺の手を握る。
顔を上げ、揺は反応に困った。
「どうして、そんな顔してるんですか…」
なぜ、眉間に皺を寄せているんだ…
そして、やんわりと恋人繋ぎするのはやめて頂きたい。
恋人繋ぎにされた手を眺めていると、綺月は手を引いて歩き出す。
「帰ろう、家に」
この言葉に、揺はじーんと涙が出そうになる。
帰る場所がある、という喜びや感動で目に涙がほんのり浮かぶ。
綺月に見つかりたくないがために、揺は下を向いて引っ張られるままに着いて行った。
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