パンドラたちの叙述――ハルカside――

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 耳障りなアラームの音で、夢が遮られた。  あたしはゆっくりと目を開ける。伽耶の夢見ていたのだ。  ベッドに座ったまま、昨日会った伽耶の静謐な佇まいを、頭の中で反芻していた。 「ハルカ、起きられる?学校は行ける?」  母が、驚かせないようにと、そっと部屋のドアを開けながら囁くような声で尋ねた。 「大丈夫、今起きるから」  と、あたしは殊更はきはきと返事をした。           ※           ※  ――あたしは、人が怖い――  “人が”というより、ほとんどの人が滲ませている負の感情が怖い。まるで風に混じる得体のしれない腐臭のように、自分に向かって押し寄せて来るようで恐ろしい。  それは小さな頃からで、この狂気にも似た感情がいったい何なのか理解出来ずに、常に何かに怯えて泣いてばかりいるような子だった。  けれど周りの人たちは、きっと“変な子”“おかしな子”という認識だったのだと思う。  その証拠に、幼稚園の頃の連絡帳には先生の字で〝発達障害なのではないか〟というような一文や〝しかるべき機関に相談されてはどうか〟とまで書かれてしまっている。  挙句には、親から虐待を受けているために、精神が不安定なんじゃないかとか、甘やかしているから、周りの環境に馴染めないんじゃないかとか、まるで親の育て方に問題があるかのようにまで言われてしまったらしい。  そんな家は、あたしが幼稚園に入る前に父親が亡くなっており、看護師をしている母が一人で育ててくれたのだが、やはり“片親だから”と言う偏見が根底にこびりついているのだろう。  いつでも基準は世間の“普通”で、それと違えば“異常”なのだと決め付ける、そんな負の感情が渦巻く世界。  けれど母はそんな周りの声に惑わされることはなかったし、あたしの妄言のような主張を、感覚的には理解出来なかったとしても、疑うこと無く真剣に受け止め、どんな時も信じてくれていた。  母から溢れる、柔らかな光にも似た温かな感情は、あたしの“心”を留める救いだったのだ。
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