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#1 今日の土曜はやさしい雨
俺個人としては、服や靴濡れるし、ふにゃふにゃとした毛の細い髪は湿気と戯れてもわーっと形が崩れるし、あれ買おう、髪染めるやつ、久しぶりにあの店行きたい、したらそれに付随したケア用品、近くのフェイスマスクとかの新製品コーナーもチェックして、その館内でしか出来ないガチャガチャも忘れず回し、帰りには駅ナカで、単品で売っているちょっと高いけどこくがやばいチーズタルトをお土産に買う。
そうやって膨らませていた色んな予定なんかが、何となくもう気分が削がれてやる気をなくす。
何だろうな。空の色とかもう澱んでるし、大袈裟に、世界から置き去りにされているような閉塞感に包まれる。
元々俺って後ろ向きなんだ。普段隠しているその面が、そっと背中から捲れ上がって顔を出し、もう二の足を踏んでいる。
そういう個人的事情等々から、俺は、基本的に雨って嫌いなんだけど、
今日の雨は、霧雨というのかな。さわさわとした、音もしないような優しい雨。
いじけた俺の世界をも包むようなこまかな線が、曇天から地上の水溜まりへしぱしぱ落ちて行く様が、見上げては見下ろす窓から見えていても、今日の俺は、そんなに嫌な気持ちがしなかった。
出掛けるのはやめた。今日は家でDVD観る。
窓辺からそう宣言して振り返ると、長い脚を赤いソファの端に交差して乗せていた梗介は、紫煙がたなびく棒を指で挟みながら、ちらっと俺を頭を預けたソファ越しに見遣り、
『いんじゃね』
眼で返事して、テレビに流れていた有線の音楽チャンネルへ視線を戻した。今日特集のバンド、誰かな。
やった。梗介のオーケーが出たので、俺はキッチンに小走りして、昼食に使える食材を確認した。
ナポリタンの、パウチのだけどソースがあった。それにお中元で貰った高級なウィンナーと、何だかずっと余って冷蔵庫の端にいたしめじに、嫌いだけど何だかんだ入れると美味しいと知った、玉ねぎのみじん切りが冷凍庫にある。
それに運良く、奇跡的に昨日俺が作っておいた? 切っただけのヤングコーンとレタスのサラダ、そしてやっぱりお中元で貰った、美味しそうだからギリギリまで取って置こうとわくわくしていたお取り寄せのコンソメスープがあったし、完璧だ。俺にしては。
捺未さんのお中元、グッジョブ過ぎる。(捺未さんは俺達の仲良し、尚史さんの素敵なお姉さん)
今日のお昼は、パスタで良いね! ほぼ決定事項をキッチンから告げると、あーとか返事が聞こえて、俺も気になっていたのでソファに舞い戻り、本日の『ピックアップアーティスト』を確認した。
「きてるね」まだ見ぬ気鋭のアーティストが放つ波動には、相変わらずぞくぞくとする。
だけど、洗濯物を室内干しで並べていたのが途中だったことを思い出して、「やっべ」早口に呟いて、俺は急いで浴室へ駆け出した。
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